旧人 (きゅうじん)
【概説】
猿人、原人に次いで現れた人類の進化段階のこと。打製石器のなかでも剥片石器を巧みに製作して使用し、死者を埋葬するなど精神文化の発達が見られた。
人類の進化段階における位置づけ
旧人は、原人(ホモ・エレクトスなど)に次ぐ人類の進化段階として位置づけられ、約60万年前(諸説あり)から約3万年前まで生存した。脳容積は現代人とほぼ同等かそれ以上(約1300〜1600cc)に達し、発達した知能を有していた。代表例として、ドイツで発見されたネアンデルタール人が世界的に著名である。長らく現生人類(新人=ホモ・サピエンス)の直接の祖先と考えられてきたが、近年のDNA解析などの研究により、旧人と新人は共通の祖先から分岐した別系統の人類であることが判明している。同時に、時期や地域によっては旧人と新人が共存し、両者の間に一部交雑があったことも明らかになっている。
剥片石器の発達と厳しい環境下での生活
旧石器時代の文化区分において、旧人の登場は中期旧石器時代に該当する。原人の時代に主流であった大型の握斧(ハンドアックス)などの礫石器に代わり、旧人は石から打ち欠いた破片を加工して作る剥片石器(はくへんせっき)を多用した。とくに、あらかじめ石の芯(石核)を調整してから形を整えた剥片を割り取る「ルヴァロワ技法」と呼ばれる高度な石器製作技術を生み出した。これにより、鋭利なナイフ型石器や尖頭器(ポイント)などを効率よく量産し、槍の先に装着してマンモスなどの大型動物を集団で狩猟していた。また、氷期という厳しい気候を生き抜くため、動物の毛皮を衣服として身にまとい、洞穴を住居とし、火を日常的かつ計画的に使用していたことも確認されている。
死者の埋葬と精神文化の萌芽
旧人を特徴づける最大の要素の一つが、高度な精神文化の発達である。イラクのシャニダール洞窟遺跡などの発掘調査により、旧人が死者を意図的に埋葬していたことが明らかになっている。遺体の周辺からは多量の花粉が検出されており、死者に花を手向けていた可能性も指摘されている。こうした行為は、単なる死体処理の枠を超え、彼らが死に対する深い悲しみや、死後の世界に対する何らかの宗教的観念を持っていたことを強く示唆している。原人までの段階には見られなかったこうした精神文化の萌芽は、人類の知性史において画期的な出来事であった。
日本列島における旧人の存在と学史的課題
日本史(日本列島の歴史)の文脈において、旧人の存在は学史的に非常に複雑な経緯を持っている。かつて兵庫県で発見された「明石原人(明石人)」は、長らく原人あるいは旧人の化石であると一部で主張されていたが、その後の研究で新人(縄文時代以降)の人骨である可能性が高いと結論づけられた。また、1980年代以降、日本列島各地で前期・中期旧石器時代の石器が次々と「発見」され、日本にも原人や旧人が存在したと教科書に記述されていた時期があった。
しかし、2000年に発覚した旧石器発掘捏造事件により、これらの「発見」の多くが捏造であったことが判明した。現在、日本列島で確実な人類の痕跡とされるのは約3万8000年前の後期旧石器時代以降(新人の段階)であり、日本列島において確実な旧人の化石人骨や、中期旧石器時代の遺跡は未だ確認されていない。ユーラシア大陸には広く旧人が分布していたことから、隣接する日本列島にも旧人が到達していた可能性は否定しきれないものの、それを証明する物証の発見は、今後の日本考古学における極めて重大な研究課題となっている。