班田収授法

重要度
★★★

【参考リンク】
班田収授法(Wikipedia)

班田収授法 (はんでんしゅうじゅほう)

646年〜902年

【概説】
戸籍に基づいて6歳以上の男女に口分田を与え、死亡すれば国に返還させるという律令国家の土地制度。唐の均田制をモデルに導入され、国家が全国の土地と人民を直接支配する公地公民制を具体化する役割を担った。国家の財政基盤を支える最も重要な制度であったが、のちの土地私有の進展に伴い崩壊した。

公地公民制と制度の成立

班田収授法は、7世紀後半の飛鳥時代から整備が進められた日本の律令国家における根幹的な土地・人民支配の仕組みである。646年(大化2年)に発布された改新の詔において、従来の豪族による土地や人民の私有(田荘・部曲)を廃止し、すべてを国家のものとする公地公民制の方針が打ち出されたことがその出発点とされる。

この制度は唐の均田制をモデルとしながら、日本の国情に合わせて調整された。天智天皇の時代に作成された日本初の全国的な戸籍である庚午年籍(670年)や、持統天皇の時代に作成され、以後の戸籍造りの基準となった庚寅年籍(690年)、および飛鳥浄御原令を通じて本格的に実施されるようになる。そして、701年(大宝元年)の大宝律令制定によって、法的な仕組みとしての完成をみた。

口分田の給付と収公の仕組み

班田収授法では、6年ごとに作成される戸籍と、毎年の税の台帳である計帳に基づき、6歳以上の男女すべてに対して生活の基盤となる口分田(くぶんでん)が給付された(班田)。給付される面積は身分や性別によって厳密に定められており、良民(自由民)の男子には2段(約24アール)、良民の女子にはその3分の2が与えられた。また、身分の低い官奴婢には良民と同じ面積が、私奴婢には良民の3分の1が与えられた。

口分田はあくまで国家から「貸し与えられた」ものであり、売買は固く禁じられていた。そして、受給者が死亡した場合には、次の班田の年に国家へ返還(収公)することとされていた。この制度の最大の目的は、人民一人ひとりに確実な生活基盤を与えつつ、口分田からの収穫に対して約3%の稲を納めさせる「」を徴収することにあった。さらに、戸籍によって人民を個別に把握・登録することは、租だけでなく、布や特産品を納める「調」や、労働力の提供である「庸」、地方での力役である「雑徭」といった重い負担を強いるための絶対的な前提条件であった。

制度の行き詰まりと土地私有の公認

律令国家の基盤を支えた班田収授法であったが、奈良時代に入ると次第に制度の維持が困難となっていく。最大の原因は、人口の増加に伴う口分田の不足であった。国家は新たな田地を確保する必要に迫られ、722年に百万町歩の開墾計画を打ち出し、翌723年には新たに灌漑施設を設けて開墾した者に三代にわたる土地の私有を認める三世一身法を制定した。

しかし、期限がくれば土地が収公されてしまうため農民の開墾意欲は長続きせず、政府はついに743年(天平15年)、墾田永年私財法を発布する。これにより、新しく開墾した土地の永久私有が認められ、班田収授法の前提であった「公地公民」の原則は実質的に崩れ去った。これを契機に、有力な貴族や大寺社は浮浪人などを駆使して盛んに土地の開発を行い、初期荘園と呼ばれる大規模な私有地を形成していくこととなる。

班田の終焉と律令国家の変容

墾田永年私財法の制定後も、国家は班田収授法を直ちに放棄したわけではなく、制度を維持しようと努めていた。しかし、租庸調などの重い税負担から逃れるために農民が本籍地を離れる「浮浪・逃亡」や、税の軽い女性と偽って戸籍に登録する「偽籍(ぎせき)」が横行し、戸籍に基づく人民把握そのものが限界を迎えた。平安時代に入ると、班田の実施間隔は12年に1度(一紀一班)へと緩和されるなど、制度は徐々に形骸化していった。

最終的に、902年(延喜2年)に発布された延喜の荘園整理令に伴って実施された班田を最後に、班田収授法は歴史の表舞台から姿を消した。戸籍による個别人身支配が破綻した国家は、その後、有力な農民(田堵)に一定の土地(名)を請け負わせ、土地を基準にして税を徴収する体制(負名体制)へと大きく転換を図っていく。班田収授法の崩壊は、日本の古代国家が律令国家から王朝国家へと変質を遂げる決定的な転換点であったと言える。

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