日本文学報国会 (にほんぶんがくほうこくかい)
【概説】
太平洋戦争期の1942年、情報局の指導のもと、国内のほぼすべての文学者を網羅して結成された官製の文学統制団体。文学活動を通じた戦争協力を掲げ、国策の宣伝や戦意高揚、言論・思想の統制を推進した組織である。
国家による言論統制と結成の背景
日中戦争の長期化から太平洋戦争へと突入する過程で、近衛文麿内閣のもとで新体制運動が進められ、政治や経済のみならず文化・思想の分野においても国家による一元的な統制が求められるようになった。これに伴い、1940年には内閣情報部などを統合した情報局が設置され、強力な世論誘導と言論統制が開始された。
こうした状況下、1942年5月に情報局の強力な指導によって設立されたのが日本文学報国会である。小説、詩、短歌、俳句、評論、翻訳など、あらゆるジャンルの文学者が強制的にこの組織に集約された。初代会長には言論界の重鎮であった徳富蘇峰が就任し、会員数は最終的に4000人を超える巨大組織となった。この組織への加入は、戦時下において作家が執筆活動を続けるための事実上の前提条件となった。
戦争協力活動と「用紙配給」による統制
日本文学報国会の主な任務は、文学を通じた戦争遂行への貢献であった。具体的には、戦地や軍需工場へ作家を派遣してルポルタージュや戦意高揚小説を執筆させること、愛国詩や銃後の国民精神を鼓舞する作品の創作、全国各地での講演活動などが挙げられる。
さらに、同会は戦時下の物資不足の中で、出版に必要な用紙配給の推薦権を握っていた。国策に非協力的とみなされた作家や、同会に所属しない作家には用紙が割り当てられず、発表の場を奪われるという「兵糧攻め」の形での検閲・執筆統制が行われた。これにより、近代日本が培ってきた文学の自由と独立性は完全に圧殺され、国家の宣伝道具へと変質させられた。同会は1945年8月の日本の敗戦に伴い、その役割を終えて解散した。