新三種の神器(3C)

1960年代後半から、国民の新しい憧れの的となったカラーテレビ・クーラー・自動車の3つの頭文字をとった総称は何か?
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★★★

【参考リンク】
三種の神器(Wikipedia)

新三種の神器(3C)

1960年代後半

【概説】
1960年代後半のいざなぎ景気の時期に、日本国民の間に急速に普及したカラーテレビ、クーラー、カー(自動車)の3つの大型耐久消費財の総称。英語の頭文字をとって「3C」とも呼ばれ、高度経済成長による大衆消費社会の成熟を象徴する言葉である。

高度経済成長と大衆消費社会の進展

1950年代後半の神武景気や岩戸景気の時代には、白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が「三種の神器」としてもてはやされ、一般家庭に普及していった。その後、1960(昭和35)年に池田勇人内閣が打ち出した国民所得倍増計画が目標を上回るペースで達成され、国民の生活水準は飛躍的に向上した。

このような背景のもと、1965(昭和40)年から1970(昭和45)年まで続いた戦後最長の好況であるいざなぎ景気の時期において、人々の購買意欲はより高額で豊かな生活を象徴する商品へと向かった。そこで新たな目標として設定されたのが、カラーテレビ(Color television)、クーラー(Cooler)、カー(Car:自動車)の3つの大型耐久消費財であり、これらは英語の頭文字をとって「3C」あるいは「新三種の神器」と称された。

3Cの普及とその背景

カラーテレビの本格的な普及は、1964(昭和39)年の東京オリンピックの開催を契機に兆しを見せ、1960年代後半に各メーカーの技術向上と量産化が進んだことで一気に加速した。白黒からカラーへの移行は、大衆文化や娯楽のあり方を劇的に変化させ、マスメディアの影響力をさらに高めることとなった。また、クーラー(ルームエアコン)の普及は、日本の高温多湿な夏における居住空間の快適性を格段に向上させ、生活様式の近代化を細部にまで浸透させる役割を果たした。

とりわけ社会に多大な影響を与えたのが、カー(自動車)の普及である。1966(昭和41)年に日産「サニー」やトヨタ「カローラ」といった手頃な価格帯の大衆車が相次いで発売され、この年は「マイカー元年」と呼ばれた。さらに名神高速道路や東名高速道路をはじめとする高速交通網の整備が進んだことで、一般庶民が自らの自動車を所有し、家族でドライブやレジャーに出かけるという新しい余暇の過ごし方が定着した。

モータリゼーションの光と影

「新三種の神器」の普及は、日本が大量生産・大量消費を前提とする本格的な大衆消費社会へと移行したことを意味した。特に自動車の普及によるモータリゼーション(自動車の大衆化)の進展は、人々の行動範囲を大幅に広げ、郊外型店舗の増加やニュータウンの建設など、日本の都市構造そのものを変容させた。

しかし、急速な物質的豊かさの追求は、同時に深刻な社会問題も引き起こした。自動車の急増に対して道路交通インフラや交通安全教育が追いつかず、交通事故による死傷者が激増したことは「交通戦争」と呼ばれ、大きな社会不安となった。また、自動車の排気ガスや、大型家電の大量消費を支えるための重化学工業化がもたらした大気汚染などの公害問題も顕在化した。「新三種の神器」は、戦後日本の経済的繁栄と豊かな暮らしを象徴する一方で、高度経済成長のひずみを浮き彫りにする歴史的指標でもあったのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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