戒壇院四天王像(東大寺) (かいだんいんしてんのうぞう(とうだいじ)
【概説】
東大寺戒壇堂(戒壇院)の須弥壇四隅に安置されている、天平彫刻の最高傑作とされる4体の塑像。持国天、増長天、広目天、多聞天からなり、天平文化の写実主義を極限まで高めた静かな怒りの表情や、均整の取れた体躯が特徴である。国家を鎮護する四天王としての威厳を現代に伝えている。
天平彫刻の極致としての「塑像」技法
奈良時代の天平文化期には、大陸から伝わった新たな彫刻技法が花開いた。その代表格が塑像(そぞう)と乾漆像である。戒壇院四天王像はこのうち塑像の技法を用いて制作された。塑像とは、木組みの芯に藁縄を巻き、その上に粘土(塑土)を大まかに盛り付け、最後にきめの細かい粘土を塗り重ねて細部を仕上げていく技法である。木彫のように削るプロセスではなく、粘土を外側へ盛り上げていくため、造形の微調整が容易であり、人間のなめらかな皮膚の質感や、甲冑の複雑な装飾、衣の柔らかなひだにいたるまで、極めて高い写実性を表現することが可能となった。
「静かなる怒り」を表現した造形美
この四天王像(持国天・増長天・広目天・多聞天)の最大の魅力は、その表情のリアリズムにある。従来の四天王像に多く見られる、感情を力強く爆発させた「忿怒相(ふんぬそう)」とは異なり、戒壇院の四天王は内面に鋭い緊張感と静かな怒りを秘めている。特に、右手に筆、左手に巻物を持つ知的で異色の姿をした広目天は、眉根を寄せて遠くを鋭く見つめる表情が印象的であり、見る者を射すくめるような眼光を放っている。また、宝塔を掲げる多聞天も、唇を固く結んで行く手を凝視しており、その静寂の中にみなぎる威嚇の表現は、天平彫刻における人間描写の到達点を示している。
鑑真の授戒制度と東大寺戒壇院
四天王像が安置されている戒壇院は、聖武天皇の招きに応じて唐から5度の苦難の末に来日した高僧・鑑真(がんじん)が、日本で本格的な授戒(僧侶となるためのルールである戒律を授けること)を行うために建立された神聖な場所である。戒壇院の須弥壇を守護する四天王は、文字通り仏法を守るガードマンの役割を果たしていた。なお、近年の研究により、この四天王像はもともと戒壇院のために制作されたものではなく、東大寺内の別のお堂(中門堂など)から江戸時代の復興期に移設されたという説が極めて有力となっている。しかし、国を挙げて正しい仏教の受容を目指した奈良時代の中核施設において、この極めて格調高い守護神像が今日まで大切に守り伝えられてきた歴史的意義は大きい。