宣旨枡 (せんじます)
1072年
【概説】
平安時代後期の1072年に、後三条天皇の宣旨によって制定された公定の枡。全国の度量衡(容積)の基準を統一することで、不適切な徴税を抑制し、公領や荘園からの年貢や公事の徴収を適正化することを目的とした。
度量衡の混乱と公定枡制定の背景
平安時代中期以降、律令体制の形骸化に伴って中央政府による統制が緩むと、各地の荘園や国衙(公領)において、年貢を量るための「枡」の容積がばらばらになる事態が生じていた。特に、現地で徴税を担当する受領(国司)や荘園領主が、私的に大型の枡を用いて農民から規定以上の年貢を厳しく徴収するなどの不正が横行し、社会的な混乱や農民の疲弊を招いていた。こうした状況を是正し、公的な徴税基準を明確にするために導入されたのが宣旨枡である。
延久の荘園整理令における役割と歴史的意義
宣旨枡は、後三条天皇が断行した延久の荘園整理令(1069年)をより実効的なものにするための不可欠な道具として機能した。天皇は、基準となる容積を定めた「延久の宣旨枡」を諸国に配備し、これを用いて荘園の厳格な検認や公領の年貢徴収を行わせた。これは、国家が個別の経済取引や徴税に直接介入し、計量基準を統制しようとした中世前期の重要な試みである。この改革姿勢は、のちの豊臣秀吉による太閤検地での京枡による全国統一へと繋がる、日本度量衡史上における重要な画期となった。