天草版平家物語 (あまくさばんへいけものがたり)
【概説】
安土桃山時代に肥後国天草で印刷された、キリシタン版を代表する日本語の語学テキスト。来日した宣教師が日本語や日本文化を効率的に習得できるよう、古典『平家物語』を当時の話し言葉(口語)に翻訳し、ローマ字で印刷した活字本である。
西洋印刷技術の伝来とキリシタン版
16世紀後半、日本におけるキリスト教(カトリック)の布教活動が本格化する中、イエズス会の巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、天正遣欧使節の帰国(1590年)に伴ってヨーロッパから金属活版印刷機を日本へ導入した。これにより、各地の宣教師養成学校(コレジオ)などで印刷された一連の書物はキリシタン版(吉利支丹版)と呼ばれる。その代表作である『天草版平家物語』は、1592年に肥後国天草のコレジオにおいて、『伊曽保(イソップ)物語』や『金句集』と一冊に合冊される形で出版された。
日本語史における極めて高い史料価値
『天草版平家物語』の最大の特徴は、古典的な平家物語の文体をそのまま用いるのではなく、当時の人々が実際に用いていた室町時代の口語(話し言葉)に口訳されている点にある。さらに、宣教師が読みやすいようにポルトガル式ローマ字で表記されているため、現代の言語学者にとって「当時の日本人がどのように言葉を発音し、どのような文法で会話していたか」を正確に知ることができる唯一無二の音韻史料、日本語史史料となっている。
布教活動の現地適応策と限界
宣教師たちが日本の高名な古典である『平家物語』を教材に選んだのは、単に語学を学ぶだけでなく、武士の精神や日本の歴史・文化を深く理解することが布教に不可欠であると考えたためであった。しかし、本書ではキリスト教の教義に反する仏教的な「因果応報」や「輪廻転生」などの記述がキリスト教的に都合よく改変、あるいは削除されている。こうした西洋文化と日本文化の接触と摩擦の軌跡を示す点でも、本作は東西文化交渉史における象徴的な資料といえる。その後、豊臣秀吉や江戸幕府による禁教令(キリスト教禁止令)の強化に伴って活版印刷機は没収・破壊され、多くのキリシタン版は焼却処分されたため、本書も大英図書館に所蔵されている一本(貴重書)など極めてわずかな現存数を残すのみとなっている。