バックル (ばっくる)
1821年〜1862年
【概説】
19世紀イギリスの歴史家。主著『イギリス文明史』において、気候や風土などの自然環境が人類の知的発達に影響を与えるという実証主義的な歴史観を提示し、明治初期の日本における啓蒙思想家たちに多大な影響を与えた人物。
実証主義的文明史観の提示
ヘンリー・トーマス・バックルは、歴史学に自然科学的方法論を導入したイギリスの代表的な歴史家である。彼の主著『イギリス文明史』(1857〜1861年)は、歴史を神の意志や英雄の活躍によるものとする従来の歴史観を否定し、気候、食物、土壌、地理的環境といった自然科学的な要因が社会の発展にどのような影響を与えるかを統計的・実証主義的に解き明かそうとした。バックルは、人類の歴史を「野蛮」から「文明」へと向かう客観的な進歩のプロセスとして捉え、知的発達こそが文明の進歩を促す最大の動力源であると主張した。
福沢諭吉と明治日本への思想的影響
近代国家としての歩みを始めたばかりの明治日本の知識人にとって、バックルの文明史観は、西洋近代の優位性と日本が目指すべき進歩の方向性を理論的に説明してくれる格好の指標となった。特に福沢諭吉は、その代表作である『文明論之概略』(1875年)を執筆する際、バックルの『イギリス文明史』から多大な知的刺激を受け、その文明進歩の思想を日本の歴史分析に適用した。また、田口卯吉の『日本開化小史』など、明治期の民間歴史家による「文明史」叙述の流行の源流となり、日本の歴史学が近代的な実証主義へと転換する契機を作った。