園城寺

円珍が再興し、のちに比叡山延暦寺(山門派)と対立することになる天台宗寺門派の拠点寺院はどこか(通称三井寺)。
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園城寺 (おんじょうじ)

【概説】
滋賀県大津市にある天台宗の寺院。通称は三井寺(みいでら)で、9世紀後半に天台僧・円珍によって再興され、天台密教(台密)の重要拠点となった存在。

円珍による再興と「寺門派」の成立

園城寺は、古代の壬申の乱で敗れた大友皇子(弘文天皇)の子・大友与多王が、父の菩提を弔うために7世紀後半に創建した氏寺を起源とする。この寺院が歴史の表舞台に大きく登場するのは、平安時代中期の9世紀後半、唐から帰国した天台僧の円珍(智証大師)が初代長吏(住職)となり、伝法灌頂の道場として整備してからである。円珍による再興以降、園城寺は比叡山延暦寺とともに天台密教(台密)の二大拠点として栄えることとなった。

山門・寺門の対立と中世への影響

円珍の没後、比叡山延暦寺では円仁(慈覚大師)の系統を引く「山門派」と、円珍の系統を引く「寺門派」との間で、教理や朝廷への奉仕をめぐる対立が激化した。10世紀末の993年(寛和9年)には激しい武力衝突が発生し、円珍派の僧侶たちが比叡山を下りて園城寺へと集団移住した。これにより天台宗は、延暦寺を本山とする「山門」と、園城寺を本山とする「寺門」に分裂することとなった。その後、両派は中世を通じて激しい抗争を繰り返し、園城寺は延暦寺の僧兵(衆徒)によって幾度も焼き討ち被害に遭いながらも、その都度再建され、独自の宗教的・政治的地位を維持し続けた。

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最終更新:2026年6月20日 @ 14:54

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