喫茶養生記

高校日本史的重要度
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喫茶養生記 (きっさようじょうき)

1211年

【概説】
鎌倉時代に臨済宗の開祖・栄西が著した、日本最初の茶の専門書。茶の栽培法や製法、医学的な効能、さらには桑の効能について解説し、将軍・源実朝に献上されたことで知られる。

宋風文化の受容と「薬」としての茶

平安時代初期にも最澄や空海らによって中国(唐)から茶がもたらされたが、当時は貴族や僧侶の間で一時的に流行したのみで定着しなかった。12世紀末、入宋僧であった栄西は、禅宗とともに当時の宋代で一般的であった喫茶の習慣と茶の種を持ち帰った。栄西はこれを筑前国の背振山や栂尾の明恵に贈り、茶の栽培を奨励した。1211年に著された『喫茶養生記』は、「茶は養生の仙薬、延齢の妙術なり」という有名な一節から始まり、茶を単なる嗜好品としてではなく、身体のバランスを整え五臓を健康に保つための「薬」として位置づけている点が特徴である。本書では、心臓に良いとされる「苦味」を補うものとして茶が強く推奨されている。

源実朝への献上と武家社会への普及

『喫茶養生記』は、歴史的には鎌倉幕府第3代将軍である源実朝とのエピソードにおいて著名である。『吾妻鏡』の1214年の記述によると、実朝が過度の飲酒によって二日酔いに苦しんでいた際、栄西が良薬として茶を一杯差し出し、さらに本書(二巻本に増補改訂されたものとされる)を献上したという。この出来事は、それまで寺院などの限られた空間で行われていた喫茶の習慣が、鎌倉幕府の最高権力者である将軍へと伝わり、のちの武家社会における禅宗文化や茶の湯の発展へと繋がる重要な契機となった。

最終更新:
2026年6月16日 @ 06:41

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