古史通 (こしつう)
1716年
【概説】
江戸時代中期の儒学者・新井白石が著した先駆的な歴史研究書。日本書紀や古事記などの記紀神話を合理的に解釈し、神代の記述を人間の歴史として捉え直そうとした著作である。
「神代人間化説」による合理的解釈
『古史通』の最大の特徴は、記紀神話に登場する「神」を超自然的な存在としてそのまま信じるのではなく、古代の「人間」が神格化されたものとして解釈する「神代人間化説」(あるいは人道解釈)を提示した点にある。著者の新井白石は、神話の記述を一種の比喩や表現の誇張として捉え、合理的・客観的な視点から歴史的事実を抽出しようと試みた。
例えば、神々が住まう天上界とされる「高天原(たかまのはら)」について、白石は「天」とは特定の高地や東国地方などの実在した「地名」を指すものとし、神話の登場人物はそこに居住していた古代の有力者や指導者(人間)であったと比定した。この徹底した合理主義は、当時としては極めて画期的な歴史研究の手法であった。
白石の歴史観と近代歴史学への影響
朱子学者であった新井白石は、徳川家宣・家継の侍講として「正徳の治」と呼ばれる政治改革を主導したことで知られるが、優れた歴史家でもあった。武家政権の変遷を独自の時代区分で論じた『読史余論』と並び、この『古史通』は白石の論理的かつ実証主義的な歴史観を体現した代表作である。
古代の神話を怪力乱神の迷信として退けるのではなく、言語学的なアプローチなどを駆使して歴史資料として再評価しようとした姿勢は、のちの儒学や国学における文献学・考証学の発展に大きな影響を与えた。神話と歴史を峻別しようとする白石の合理的な試みは、明治以降の近代歴史学における記紀批判や、現代の考古学的アプローチの先駆をなすものとして高く評価されている。