十五年戦争 (じゅうごねんせんそう)
1931〜1945年
【概説】
1931年の満州事変勃発から1945年の太平洋戦争敗戦に至るまでの、アジア・太平洋地域における日本の戦争を一つの連続した歴史的過程として捉える呼称。個別に語られがちだった各戦争を、侵略拡大の構造的連鎖として把握する歴史観を反映している。
戦争の連続性と呼称の成立
戦前の日本では、1931年に始まる満州事変、1937年に全面化した日中戦争(当時の呼称は支那事変)、そして1941年に勃発した太平洋戦争(同大東亜戦争)は、それぞれ別個の戦争、あるいは段階的な事変として捉えられる傾向が強かった。しかし戦後、哲学者・評論家の鶴見俊輔や歴史学者の江口圭一らによって、これらは相互に深く関連し、前の戦争の泥沼化が次の戦争を誘発した「一つの連続した戦争」であるという認識が提示され、「十五年戦争」という呼称が定着した。
拡大のメカニズムと歴史的意義
十五年戦争の展開は、日本の軍部や政府が局地的な衝突を収拾できず、なし崩し的に戦線を拡大していった過程そのものである。満州の支配権をめぐる不法な武力行使(満州事変)は、中国権益の独占を狙う日本の国際的孤立を招いた。その打開を図る中で日中戦争へと突入したが、中国国民政府の頑強な抵抗により戦局は泥沼化。日本は中国を援助する英米ルート(援蒋ルート)を遮断し、さらに南方資源の獲得を目指して「南進」を強行した結果、対米英開戦(太平洋戦争)へと至った。このように、満州事変からの撤退・妥協ができなかったことが、太平洋戦争への破局的な拡大を生んだという因果関係を明確にする上で、この「十五年戦争」という捉え方は極めて重要な視座を提供している。