出版条例
1869年
【概説】
明治政府が近代的な言論統制・出版管理のために制定した我が国初の本格的な出版法規。1875年の改定によって事前検閲制度が強化され、高揚する自由民権運動や政府批判を厳しく弾圧する手段となった。
出版条例の制定と初期の役割
明治政府は、版籍奉還が行われた1869年(明治2年)に出版条例を制定した。この初期の条例は、欧米の制度を参考にしつつ、出版物の著作者や出版者の権利を保護する(官許による専売権の付与)という近代的な側面を持つ一方で、キリスト教の布教を防止し、社会秩序を維持するための言論取り締まりという側面を併せ持っていた。しかし、この段階ではまだ言論に対する弾圧的な色彩は比較的薄く、過渡期的な制度であった。
1875年の改定と民権派への言論弾圧
1874年の民撰議院設立建白書の提出を契機に、全国で自由民権運動が活発化すると、明治政府は言論を通じた政府批判を警戒するようになった。そこで1875年(明治8年)、政府は出版条例を大幅に改定(実質的な新法制定)し、内務省による厳しい事前検閲体制を確立した。
この改定により、全ての書籍は出版前に内務省の許可を得ることが義務付けられ、政府の方針に反する内容や、社会秩序を乱すと判断された書物は出版差し止めや発売禁止処分に付された。同時期に制定された新聞紙条例や讒謗律(ざんぼうりつ)とともに、この改正出版条例は民権派の言論活動を徹底的に封じ込めるための法制度として機能した。