倶舎宗 (くしゃしゅう)
654年伝来
【概説】
奈良時代に栄えた「南都六宗」の一つ。インドの世親が著した『阿毘達磨倶舎論』を基盤とし、世界の構成要素を細密に分類・分析した学派。
倶舎宗の伝来と「南都六宗」における位置づけ
倶舎宗は、中国の唐に留学した道昭が654(白雉5)年に、あるいは智通・智達が658(斉明4)年に日本へ将来したことで伝わったとされる。奈良時代に平城京の諸大寺を中心に国家公認とされた南都六宗(三論宗・成実宗・法相宗・倶舎宗・華厳宗・律宗)の一つに数えられる。しかし、当時の「宗」は現代のような独立した宗派や宗教団体を指すものではなく、特定の経典や論書を研究する「学派(学問分野)」の性格が極めて強かった。
『倶舎論』の教理と法相宗との密接な関係
本宗の教理の基礎となる『阿毘達磨倶舎論』は、初期の部派仏教(説一切有部)の煩雑な教理を世親が体系的に整理し、批判を加えてまとめた論書である。万物の存在要素を「五位七十五法」に分類して分析する学問であり、その高度な理論体系は仏教哲学の基礎として重要視された。特に、大乗仏教の心理学とも言える法相宗(唯識学)を深く理解するための必須の入門知識とされたため、倶舎宗は独立した組織を持たず、法相宗の「付随(附宗)」として一体的に研究された。このため、当時の僧侶の間では「倶舎は法相の初門(前提となる学問)」として広く学ばれることとなった。