倶舎宗

高校日本史的重要度

【参考リンク】
倶舎宗(Wikipedia)

倶舎宗 (くしゃしゅう)

654年伝来

【概説】
奈良時代に栄えた「南都六宗」の一つ。インドの世親が著した『阿毘達磨倶舎論』を基盤とし、世界の構成要素を細密に分類・分析した学派。

倶舎宗の伝来と「南都六宗」における位置づけ

倶舎宗は、中国の唐に留学した道昭が654(白雉5)年に、あるいは智通智達が658(斉明4)年に日本へ将来したことで伝わったとされる。奈良時代平城京の諸大寺を中心に国家公認とされた南都六宗三論宗成実宗法相宗・倶舎宗・華厳宗律宗)の一つに数えられる。しかし、当時の「宗」は現代のような独立した宗派や宗教団体を指すものではなく、特定の経典や論書を研究する「学派(学問分野)」の性格が極めて強かった。

『倶舎論』の教理と法相宗との密接な関係

本宗の教理の基礎となる『阿毘達磨倶舎論』は、初期の部派仏教(説一切有部)の煩雑な教理を世親が体系的に整理し、批判を加えてまとめた論書である。万物の存在要素を「五位七十五法」に分類して分析する学問であり、その高度な理論体系は仏教哲学の基礎として重要視された。特に、大乗仏教の心理学とも言える法相宗(唯識学)を深く理解するための必須の入門知識とされたため、倶舎宗は独立した組織を持たず、法相宗の「付随(附宗)」として一体的に研究された。このため、当時の僧侶の間では「倶舎は法相の初門(前提となる学問)」として広く学ばれることとなった。

最終更新:
2026年6月24日 @ 17:12

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