亦復一楽帖 (またまたいちらくじょう)
【概説】
江戸時代後期の南画家・田能村竹田によって描かれた、日常のささやかな楽しみを綴った文人画の画帖。全13図の絵画に自筆の詩(賛)が添えられた、日本の文人画(南画)を代表する傑作の一。国指定の重要文化財に指定されている。
『論語』に由来する「日常の美」の追求
『亦復一楽帖』という名称は、『論語』学而篇にみられる「朋あり遠方より来たる、亦楽しからずや」といった表現に由来する。「これもまた一つの楽しみである」という意味を込めて、文人が日々の隠逸生活や旅先で見出す、ささやかな13の喜び(一楽)を視覚化したものである。
画帖に描かれているのは、静かに書物を読むこと、友人と酒を酌み交わすこと、小川のほとりで茶を煎じること、美しい秋の月を眺めることなど、いずれも大がかりなものではなく、極めて身近で静謐な日常の一コマである。竹田はこれらを、繊細かつ温かみのある筆致と、淡く美しい彩色(淡彩)によって表現した。それぞれの図には竹田自身による格調高い漢詩(賛)が添えられており、絵画と文学(詩)が高い次元で融合した、文人画の理想を体現する構成となっている。
田能村竹田と江戸後期の文人ネットワーク
作者の田能村竹田(たのむらちくだん、1777〜1835)は、豊後国(大分県)岡藩の藩医の家に生まれ、儒学を修めて藩儒となった人物である。しかし、藩政改革の建白書が容れられなかったことや病弱であることを理由に辞職し、以後は京都・大坂と九州を往復しながら、詩画に生きる文人としての生涯を送った。
本作が制作された1830年(天保元年)は、竹田が54歳の時であり、大坂の滞在先で執筆された。当時、竹田は儒学者の頼山陽(らいさんよう)や、南画家の浦上春琴らと深く交わっていた。本作に描かれた情景の多くは、こうした当時の知的なサロンを形成していた文化人たちとの高雅な交友関係や、旅先での精神的な充足感を回想し、描写したものである。単なる絵画作品にとどまらず、江戸時代後期における知識人たちの精神世界や、高度に成熟した文人文化の実態を今に伝える、歴史的価値の高い史料といえる。