中距離核戦力(INF)全廃条約 (ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱいじょうやく)
【概説】
アメリカ合衆国とソビエト連邦の間で、史上初めて特定の核兵器群を完全に廃棄することを合意した画期的な軍縮条約。冷戦末期の緊張緩和を決定づけ、冷戦終結への道筋をつけた。日本を囲む東アジアの安全保障環境にも劇的な変化をもたらした、昭和末期から平成初頭にかけての国際政治の金字塔である。
米ソ冷戦の緩和と「グローバル・ゼロ」の実現
1970年代後半、ソ連が新型の中距離弾道ミサイル「SS20」を欧州および極東アジアに配備したことで、東西両陣営の軍事的緊張は極限に達した。これに対抗してアメリカやNATO(北大西洋条約機構)も「パーシングII」などを配備し、いわゆる「INF危機」と呼ばれる緊迫した状況が生じた。しかし、1985年にソ連でゴルバチョフ政権が誕生し、協調外交(新思考外交)へと舵を切ると、軍縮に向けた対話が本格化した。
1987年12月8日、ワシントンでアメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が本条約に調印した。この条約の最大の特徴は、単なる核兵器の「制限」ではなく、射程500〜5500キロメートルの地上発射型中距離ミサイルを「完全に廃棄(全廃)」することを義務づけた点にある。これは、歴史上初の「核軍縮」を具現化したものであった。
日本外交の関与と極東安全保障への影響
INF全廃条約は米ソ二国間の条約であるが、日本の安全保障とも極めて深い関わりを持っていた。当時、ソ連はアジア・シベリア地域にも多数のSS20を配備しており、日本全土がその核の脅威に晒されていたからである。そのため、当時の中曽根康弘首相は「欧州のミサイルが全廃されても、それがアジアに移転・温存されるだけでは意味がない」と強く主張した。
中曽根内閣は、日米同盟を基軸としながらG7サミットなどで西側諸国の結束を主導し、アジア配備分も含めた地球規模での全廃(グローバル・ゼロ)をアメリカ側に働きかけ続けた。この日本側の外交的粘り強さもあり、最終的にアジアに配備されていたソ連の中距離核ミサイルも全廃対象に含まれることとなった。これは、日本の安全保障上の脅威を劇的に減少させるとともに、日本外交が国際秩序の構築に実質的な貢献を果たした希有な事例となった。
条約の歴史的意義と平成・令和期における終焉
翌1988年(昭和63年)に発効した本条約は、1989年(平成元年)のマルタ会談における冷戦終結宣言、そして1991年のソ連解体へとつながる大きな歴史の奔流を作り出した。冷戦期における軍備拡張競争に終止符を打ち、平成時代初期の平和協調路線を担保する基盤となった。
しかし、21世紀に入ると、本条約の枠外にいた中国がアジア地域で地上発射型中距離ミサイルを大量に配備し、軍事的な台頭を本格化させた。これにより、アメリカや日本を取り巻く東アジアの安全保障バランスは崩れ、条約の維持がアメリカにとって不利に働くようになった。結果として、2019年(令和元年)にトランプ米政権がロシアの条約不履行を理由に離脱を表明し、同条約は失効した。冷戦終結の象徴であった条約の失効は、東アジアを再びミサイル開発競争の緊迫した時代へと逆戻りさせる契機となった。