リヒャルト・ゾルゲ

ドイツの新聞特派員を装って東京で諜報活動を行い、日本の御前会議の決定などをソ連に打電していたスパイ団の首謀者は誰か?
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リヒャルト・ゾルゲ

1895年〜1944年

【概説】
昭和戦前期の日本で暗躍した、ソビエト連邦(ソ連)の国際的スパイ。ドイツの有力紙記者という身分を装って日本に潜入し、日独双方の国家最高機密を収集してソ連へ送り続けた。その諜報活動は、第二次世界大戦におけるソ連の勝敗ひいては世界史の行方に決定的な影響を与えた。

「記者」の仮面と日独中枢への浸透

リヒャルト・ゾルゲはアゼルバイジャン生まれのドイツ人で、第一次世界大戦後に共産主義思想に傾倒し、ソ連の軍情報本部の工作員となった。1933年、ナチス党員かつドイツの有力紙「フランクフルター・ツァイトゥング」の記者という偽装身分を得て日本に潜入。巧みな社交術で駐日ドイツ大使館に入り込み、オット大使らの深い信頼を獲得して大使館の「私設顧問」のような立場を築いた。さらに、近衛文麿首相の側近グループに属していたジャーナリストの尾崎秀実らと協力関係を結び、日本政府や軍の中枢から直接、極秘情報を引き出す高度な諜報ネットワークを構築した。

世界史を動かした諜報と「ゾルゲ事件」

ゾルゲがもたらした最大の功績は、1941年に日本が対ソ開戦(北進)を行わず、東南アジアや太平洋への進出をめざす南進政策を最終決定したという情報をソ連に伝達したことである。この情報を得たソ連のスターリンは、日本による東シベリア攻撃の恐れがないと判断し、極東に配置していた精鋭部隊を独ソ戦のモスクワ防衛戦へ一気に投入。これによりソ連は崩壊の危機を脱し、対独戦の逆転劇へとつなげることができた。しかし同年10月、特別高等警察(特高)や司法省などの捜査によって諜報団が一斉に検挙される(ゾルゲ事件)。ゾルゲは容疑を認め、太平洋戦争末期の1944年に巣鴨拘置所で処刑された。

ゾルゲ事件: 尾崎秀実の理想と挫折 (中公新書 8)

尾崎秀実という複雑な知識人の生涯を通じ、昭和史を揺るがした国家機密と理想の衝突を解き明かす一冊。

ゾルゲ引裂かれたスパイ 上巻 (新潮文庫 ワ 6-1)

冷戦前夜の極東を舞台に、信念と任務の間で引き裂かれたスパイの素顔と闇を鋭く描き出す渾身の評伝。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. 701年に制定・施行され、日本の本格的な中央集権体制(律令制)を完成させた歴史的な法典は何か?
Q. 第3次桂内閣が、海軍大臣の就任拒否を抑えたり、議会を停会させたりするために天皇の権威(天皇の命令)をたびたび利用したことを何と批判したか?
Q. 木綿や菜種など、自家消費のためではなく市場で販売して現金収入を得る目的で栽培される作物を何と呼ぶか。