クロポトキン
【概説】
ロシアの代表的な無政府主義(アナーキスト)思想家、地理学者。国家権力を排し、個人の自由な合意と相互扶助に基づく協同社会を提唱した。大正期の日本における社会主義運動に強い衝撃を与え、大杉栄らアナーキストのバイブルとなったほか、大学の自治を揺るがした「森戸事件」の契機ともなった。
日本のアナーキズム運動への深甚なる影響
クロポトキンの思想、とりわけ生物の進化において相互の援助が最も重要であると説いた『相互扶助論』は、明治末期から大正期にかけての日本の社会運動家たちに熱狂的に受け入れられた。幸徳秋水らが刑死した大逆事件(1910年)以降、厳しい冬の時代を迎えていた日本の社会主義運動において、大杉栄はクロポトキンの思想に深く傾倒した。大杉は『相互扶助論』や自伝『一革命家の思い出』を翻訳・紹介し、国家や資本家に依存しない労働者の直接行動を重んじるアナルコ・サンディカリスム(無政府労働組合主義)の理論的支柱とした。このように、彼の思想は日本の黎明期の労働運動や左翼思想の形成において欠かせない栄養源となったのである。
言論弾圧の象徴となった「森戸事件」
第一次世界大戦後の大正デモクラシー期、クロポトキンの思想は学問の自由や言論の自由をめぐる大事件の引き金となった。1920(大正9)年、東京帝国大学経済学部助教授の森戸辰男が、学術雑誌『国家学会雑誌』に論文「クロポトキンの社会思想の研究」を発表した。これはクロポトキンの思想を客観的に紹介・分析した学術論文であったが、政府や右翼勢力はこれを「無政府主義の宣伝」であるとして激しく非難した。結果として森戸は新聞紙法違反で起訴され、大学を追われて禁錮刑に処されることとなった(森戸事件)。この事件は、当時の国家権力が社会主義やアナーキズム思想の流入に対し、いかに神経質になり弾圧を強めていたかを示す象徴的な出来事であり、学問の自由に対する重大な侵害として歴史に刻まれている。