カチューシャの唄 (かちゅーしゃのうた)
1914年
【概説】
1914(大正3)年に芸術座が上演した演劇『復活』の劇中歌。主演女優の松井須磨子が歌って社会現象化し、日本におけるレコード歌謡(大流行歌)の先駆けとなった楽曲である。
新劇の普及と芸術座の『復活』
大正期、日本の演劇界では従来の歌舞伎などに対抗し、西洋風の近代劇を志向する新劇運動が盛んになっていた。坪内逍遥が結成した文芸協会から分裂する形で、演出家の島村抱月と女優の松井須磨子らが結成した「芸術座」は、その代表的な劇団であった。1914年、芸術座はロシアの文豪トルストイ原作の『復活』を翻訳上演した。松井須磨子が演じるヒロイン・カチューシャの悲恋を描いたこの舞台は大ヒットとなり、全国的な巡業でも大喝采を浴びた。その劇中で須磨子自身が歌ったのが「カチューシャの唄」である。
日本初の大衆歌謡と近代メディアの誕生
「カチューシャの唄」は、島村抱月が作詞し、後に多くの名曲を残すことになる新進作曲家の中山晋平が作曲を手がけた。日本伝統の「ヨナ抜き音階」を取り入れた親しみやすい西洋風のメロディは、それまで洋楽に馴染みのなかった一般大衆の心をも捉えた。東洋蓄音器から発売されたレコードは、当時としては異例の数万枚(一説には数十万枚)という大ヒットを記録した。これは、蓄音機の普及やレコード産業という近代的な音楽メディアが日本において本格的に機能し始めたことを示しており、大正デモクラシー期における都市大衆文化の形成を象徴する出来事となった。