アルカイダ
【概説】
サウジアラビア出身のオサマ・ビンラディンらによって結成された、イスラム過激派の国際テロ組織。2001年のアメリカ同時多発テロ事件(9.11テロ)を引き起こし、世界規模の「対テロ戦争」を誘発した。日本においても、安全保障政策の大転換や国内の治安対策強化をもたらすなど、平成期の外交・社会に多大な影響を与えた。
アルカイダの起源と「対テロ戦争」の勃発
アルカイダは、1980年代のアフガニスタン紛争において、ソ連軍に対抗して戦ったムジャヒディン(イスラム義勇兵)の支援ネットワークを母体として結成された。指導者オサマ・ビンラディンのもと、反米・反シオニズムを掲げ、中東におけるアメリカの軍事プレゼンスや親米的なアラブ諸国政権の打倒を目指して過激なテロ活動を展開した。
2001年9月11日、アルカイダの実行犯によるアメリカ同時多発テロ事件(9.11テロ)が発生。これに対し、アメリカのブッシュ大統領は「対テロ戦争」を宣言し、アルカイダを庇護していたアフガニスタンのタリバン政権への軍事攻撃を開始した。この世界的な安全保障環境の激変は、同盟国である日本にも重大な外交・軍事判断を迫ることとなった。
小泉政権の対応と安全保障政策の画期
9.11テロの発生を受け、当時の小泉純一郎内閣は、迅速にアメリカへの連帯とテロへの非難を表明した。湾岸戦争(1991年)の際に多額の資金貢献を行いながらも国際社会から「血を流さない外交」と批判された教訓から、日本政府は目に見える形での人的・物的貢献を模索した。その結果、2001年10月にテロ対策特別措置法(テロ特措法)を異例の速さで成立させた。
同法に基づき、自衛隊は海上自衛隊の護衛艦や補給艦をインド洋に派遣し、多国籍軍の艦船に対する補給活動(給油など)を実施した。これは、従来の「周辺事態」に限定されていた自衛隊の活動領域を「非戦闘地域」という名目で事実上地球規模へと拡大させるものであり、戦後日本の安全保障政策における極めて大きな転換点となった。その後、この流れは2003年のイラク復興支援特別措置法に基づく自衛隊のサマワ派遣へとつながっていく。
日本国内の治安対策と国際テロへの懸念
アルカイダによる一連のテロ活動は、日本の国内治安および法整備にも直接的な変化を及ぼした。日本政府は、国際テロリストによる国内での活動や資金洗浄(マネーロンダリング)を防ぐため、テロ資金供与防止条約を締結し、これに合わせた国内法(テロ資金供与処罰法など)を速やかに整備した。
また、アルカイダが「アメリカと同盟を結ぶ日本もテロの標的である」と言及したことから、新幹線や空港などの公共交通機関、原子力発電所などの重要防護施設における警備が大幅に強化された。さらに、出入国管理におけるバイオメトリクス(生体認証)情報の導入など、国境検問の厳格化が進められ、冷戦後の日本社会が抱く治安への危機感を急速に高める要因となった。