アドレナリン
【概説】
化学者の高峰譲吉と助手の上中啓三が、牛の副腎から世界で初めて単離・結晶化に成功したホルモン。止血剤や強心剤として実用化され、世界の近代医学・薬学の発展に多大な貢献を果たした。
高峰譲吉と上中啓三による世界的偉業
明治時代後期、日本の近代科学技術は急速な発展を遂げ、優れた研究者が次々と世界的な成果を挙げ始めていた。その中で、アメリカに拠点を置いていた化学者の高峰譲吉と助手の上中啓三は、1900年(明治33年)、牛の副腎から有効成分を単離し、結晶化させることに世界で初めて成功した。
当時、副腎の抽出液に血圧を劇的に上昇させる作用があることはイギリスの研究者らによって報告されていたが、その有効成分を純粋な形で取り出すことは、世界の多くの科学者が挑みながら果たせなかった難題であった。高峰らは独自のアンモニア還元法などを駆使し、見事に純粋な結晶を取り出すという画期的な偉業を成し遂げたのである。これは、人類が初めて単離に成功したホルモンであった。
命名と特許をめぐる歴史的背景
抽出された成分は、ラテン語で「〜の隣、近接」を意味する「ad」と、「腎臓」を意味する「ren」を組み合わせ、アドレナリン(Adrenalin)と命名された。高峰は翌1901年に製法特許を取得し、アメリカの製薬大手パーク・デービス社から医薬品として市販され、世界中で大きな成功を収めた。
一方で、同時期にアメリカの薬理学者ジョン・エイベルも羊の副腎からの抽出を試み、自ら抽出した物質を「エピネフリン」と命名していた。エイベルの抽出物は不純物を含むものであったが、後に学術的・政治的な背景などから、アメリカ国内を中心として「エピネフリン」という一般名が普及する一因となった。しかし、今日では純粋な結晶化を世界で初めて成し遂げたのは高峰・上中らであるという事実が科学史において明確に位置づけられている。
近代医療への多大な貢献
アドレナリンは、強力な血管収縮作用を利用した止血剤や、局所麻酔薬の血流への拡散を防ぐ効力持続剤として、瞬く間に世界の医療現場に普及した。また、心停止時の強心剤や、気管支拡張作用をもたらす喘息の特効薬としても劇的な効果を発揮した。
現在に至るまで、アナフィラキシーショックに対する救命薬など、救急医療において欠かせない不可欠な薬物として使用され続けている。アドレナリンの結晶化は、単に一つの新薬を生み出したにとどまらず、その後の内分泌学や薬理学、神経伝達物質の研究など、近代医学全般の進歩に計り知れない影響を与えた。
明治期日本の科学技術と国際社会
アドレナリンの発見は、北里柴三郎の血清療法確立や志賀潔の赤痢菌発見などと並び、明治維新以降、貪欲に西洋の学問を吸収した日本の科学技術が、わずか数十年の間に世界最高水準に到達したことを象徴する出来事であった。
また、高峰譲吉はこれ以前にも強力な消化酵素である「タカジアスターゼ」を発明して富と名声を得ており、その莫大な自己資金と人脈を用いて日米親善にも大きく貢献した。今日でも有名なワシントンD.C.のポトマック川河畔への桜の木の寄贈は、高峰が私財を投じて実現を主導したものである。アドレナリンの成功は、単なる医学的成果にとどまらず、世界における日本人の地位向上と民間外交という歴史的意義をも持っていたのである。