『魏志』倭人伝(『三国志』魏書東夷伝倭人条)

重要度
★★★

【参考リンク】
魏志倭人伝(Wikipedia)

『魏志』倭人伝(『三国志』魏書東夷伝倭人条) (ぎしわじんでん(さんごくしぎしょとういでんわじんじょう)

3世紀後半編纂

【概説】
3世紀の日本列島(倭国)の情勢や邪馬台国の女王・卑弥呼の統治、倭人の風俗などが詳細に記された中国の歴史書。西晋の陳寿が編纂した『三国志』の「魏書」東夷伝の中の一節である。文字を持たなかった弥生時代後期の日本社会の姿を鮮明に伝える極めて重要な一級史料として位置づけられている。

『魏志』倭人伝の成立と史料的位置づけ

『魏志』倭人伝とは、3世紀後半の中国・西晋の時代に、陳寿(ちんじゅ)によって編纂された歴史書『三国志』の一部である。正確には、『三国志』のうちの「魏書」第30巻「烏丸鮮卑東夷伝(うがんせんぴとういでん)」の倭人に関する条項を指す。本来、独立した「倭人伝」という名の書物は存在しないが、日本の歴史学においては便宜上この通称が定着している。

約2000字に及ぶ記述のなかには、帯方郡から邪馬台国への道程や、倭国の社会制度、生活様式などが詳細に記されている。自らの手による文字記録を持たなかった弥生時代後期(3世紀)の日本列島の姿を知るための唯一無二の根本史料として、極めて高い歴史的価値を持っている。

卑弥呼の朝貢と同時代の東アジア情勢

本史料の中核をなすのは、邪馬台国の女王・卑弥呼(ひみこ)による魏への朝貢の記録である。卑弥呼が魏の皇帝(明帝)に使いを送ったとされる景初3年(239年)は、中国大陸が魏・呉・蜀の三国に分裂し、激しい覇権争いを繰り広げていた時代であった。当時の魏は、遼東半島で自立していた公孫氏を滅ぼし、朝鮮半島に新たに帯方郡を設置して東方への影響力を拡大した直後であった。

卑弥呼はこの帯方郡を通じて魏へ使者を派遣し、「親魏倭王」の称号と金印紫綬、さらに銅鏡100枚などを授けられている。この外交交渉は、魏にとっては背後の海上に位置する倭国と結ぶことで敵対する呉を牽制する東アジア戦略の狙いがあり、一方の卑弥呼にとっても、強大な魏の権威を後ろ盾とすることで、倭国内部における自らの政治的優位性を確立する目的があったと考えられている。

記録された3世紀の倭の社会と風俗

『魏志』倭人伝は、当時の倭人が営んでいた社会システムや風俗を非常に具体的に伝えている。倭国では元々男王が治めていたが、2世紀後半に「倭国大乱」と呼ばれる長期の戦乱に陥った。その後、諸国が共同して呪術(鬼道)を操る巫女である卑弥呼を王に共立したことで、ようやく争いが収まったという。

社会の内部には「大人(たいじん)」と「下戸(げこ)」と呼ばれる明確な身分差が存在し、租税の徴収や刑罰の制度、さらに「市(いち)」における交易を監督する大倭(たいい)などの役人が置かれるなど、初期的な国家の仕組みが形成されつつあったことが読み取れる。また、温暖な気候のもとでの稲作、貫頭衣(かんとうい)と呼ばれる衣服の着用、顔や体に刺青を施す黥面文身(げいめんぶんしん)の風習など、弥生時代の人々の生々しい生活実態も記録されている。

邪馬台国論争と考古学との交錯

本史料において最も議論の的となっているのが、帯方郡から邪馬台国に至るまでの道程の記述である。この記述に従って邪馬台国の所在地を比定しようとすると、方角の記述を忠実に辿れば日本の南の海上に至り、日数の記述を重視すれば畿内に到達するという矛盾が生じる。これが江戸時代の新井白石や本居宣長から現代まで続く「九州説」と「畿内説」の激しい対立、すなわち邪馬台国論争の最大の要因である。

所在地については未だ学術的な完全な決着を見ていないが、吉野ヶ里遺跡(佐賀県)や纒向遺跡(奈良県)などの大規模な発掘調査が進むなかで、『魏志』倭人伝の記述と考古学的な成果をいかに整合させるかが常に問われ続けている。その意味で、本史料は単なる過去の記録にとどまらず、現在進行形で日本の国家形成の謎を解き明かすための最重要の鍵であり続けているのである。

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