『後漢書』東夷伝

重要度
★★★

『後漢書』東夷伝 (ごかんじょとういでん)

5世紀前半成立

【概説】
1世紀の奴国による金印授受や、2世紀後半の倭国大乱の様子などが記されている中国の歴史書。南朝宋の范曄が5世紀に編纂した紀伝体の正史『後漢書』のうち、東方異民族について記した部分である。日本の弥生時代中期から後期にかけての社会の変化や、中国王朝との外交関係を知るうえで極めて重要な基本史料となっている。

正史『後漢書』の成立と「東夷伝」

『後漢書』は、中国の南朝宋の時代(5世紀前半)、政治家であり歴史家でもある范曄(はんよう)によって編纂された紀伝体の歴史書である。後漢(25年〜220年)の一時代を対象としており、その中の「東夷伝」に、当時の日本列島に住む人々に関する記述が含まれている。一般には『後漢書』東夷伝倭人条、あるいは単に『後漢書』倭伝と呼ばれる。

この史料に記録されている1世紀から2世紀にかけての時代は、日本列島において小国分立の状態から、徐々に地域的な政治連合が形成されていく過渡期にあたる。文字を持たなかった当時の日本の歴史を復元するうえで、同時代の出来事を後世にまとめた本書は、『漢書』地理志や『魏志』倭人伝と並ぶ絶対的な価値を持っている。

奴国への金印授与

『後漢書』東夷伝の中で最も有名な記述の一つが、1世紀中葉の倭国に関する外交記録である。建武中元二年(57年)、倭の奴国(なこく)の使者が後漢の都である洛陽に赴き、初代皇帝の光武帝から印綬を授けられたと記されている。

この記述は、長らく文献上の記録にとどまっていたが、江戸時代の天明4年(1784年)、筑前国(現在の福岡県)の志賀島(しかのしま)で農民によって金印が発見されたことで、一躍現実の歴史として証明されることとなった。金印には「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」と刻まれており、文献の記述と見事に符合した。これにより、北部九州の有力な小国であった奴国が、中国の東アジア外交体制(冊封体制)の中に組み込まれ、自らの権威を裏付けるために中国王朝の後ろ盾を求めていたことが明らかになったのである。

帥升の朝貢と「生口」の献上

金印授与から半世紀後の永初元年(107年)の出来事として、倭国王の帥升(すいしょう)らが、後漢の安帝に対して「生口(せいこう)」160人を献上したという記述が見られる。

「生口」とは捕虜や奴隷を指すと考えられており、この大量の生口を献上できたという事実は、当時の倭国内部で小国同士の激しい戦争状態があったこと、またそれらを統括して中国へ使者を送るほどの実力を持った「倭国王」が存在していたことを示唆している。なお、「帥升」は、中国の史書において名前が記録された最初の日本人(倭人)としても知られている。

倭国大乱と邪馬台国への胎動

2世紀後半の桓帝・霊帝の治世に関する記述では、倭国が激しい内乱状態に陥ったことが記されている。これが「倭国大乱」である。数十年にわたって争いが続き、互いに攻伐し合って主がいない状態が続いたという。

この大乱を収束させるため、各小国は共同して一人の女性を王に共立した。それが卑弥呼(ひみこ)である。『後漢書』東夷伝は、卑弥呼が鬼道(呪術)を用いて人々を惑わし(あるいは魅了し)、夫を持たず、弟が政治を補佐したという、その後の邪馬台国の姿にも言及している。

史料としての歴史的意義

『後漢書』東夷伝の記述は、のちに編纂されたとはいえ、おおむね3世紀に書かれた『三国志』魏書東夷伝倭人条(『魏志』倭人伝)などの先行史料や記録をベースにして整理されたものと考えられている。

紀元前1世紀の状況を伝える『漢書』地理志では「百余国」に分立していたとされる倭が、『後漢書』の時代には、外交権を行使する「奴国」や、生口を献上する「帥升」の登場などを経て、徐々に少数の有力な国へと統合されていく様子が読み取れる。そして倭国大乱を経て、3世紀の『魏志』倭人伝に描かれる約30国の連合体(邪馬台国連合)へと移行していく。つまり『後漢書』東夷伝は、日本列島における小国分立から初期国家形成へと向かうダイナミックな社会変容のプロセスを我々に伝えてくれる、かけがえのない架け橋としての役割を果たしているのである。

新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝: 中国正史日本伝 1 (岩波文庫 青 401-1)

古代日本の姿を中国側の史料から読み解く、日本史研究の根幹を成す古典的資料の決定版。

倭国伝 全訳注 中国正史に描かれた日本 (講談社学術文庫 2010)

歴史学の観点から厳密に校訂・全訳し、当時の倭国の実像を多角的に解明した必携の書。

日本史一問一答(ランダム)

Q. 3世紀に約30の小国を従え、女王・卑弥呼を共立して倭国大乱を収めた倭の中心的な国はどこか?
Q. 684年、天武天皇が旧来の氏姓制度を改め、皇室との親疎関係を基準に豪族たちをランク付けするために制定した新たな制度を何というか?
Q. 完新世に入り、磨製石器や土器を使用し、農耕や牧畜を始めるようになった新しい石器時代の段階を何というか?