僧形八幡神像(薬師寺) (そうぎょうはちまんしんぞう(やくしじ)
【概説】
奈良の薬師寺に伝わる、神仏習合思想を背景に制作された日本最古級の神像彫刻。神道の神である八幡神(はちまんしん)を仏教の僧侶の姿で表した、平安時代前期(弘仁・貞観文化)を代表する傑作である。
神仏習合の進展と僧形神像の登場
奈良時代から平安時代にかけて、日本古来の神道と外来の仏教が融合する神仏習合が急速に進展した。当初、日本の神々は形のない目に見えないものとして祀られていたが、仏教の仏像表現に強い影響を受け、神の姿を視覚的に表現する「神像」が制作されるようになった。その最初期の代表例が、八幡神を僧侶の姿で表した僧形八幡神(そうぎょうはちまんしん)である。
八幡神は早くから仏教との結びつきが強く、天平勝宝元年(749年)の東大寺大仏建立を支援するために宇佐から平城京へ勧請された際、すでに「菩薩(八幡大菩薩)」の称号が与えられていた。神が輪廻転生から解脱するために仏法に帰依するという「神身離脱(しんしんりだつ)」の思想が広がるなかで、頭を剃り袈裟をまとった「僧侶としての神」の姿が考案された。薬師寺の僧形八幡神像は、こうした神仏習合思想の深まりを具体的に示す最初期の物証として、歴史的に極めて重要である。
美術史的特徴と薬師寺三神像の構成
薬師寺の僧形八幡神像は、同寺の鎮守社である休ヶ岡八幡宮(やすがおかはちまんぐう)に伝来したもので、現在は国宝に指定されている。本作は、中央に安置される僧形八幡神像、その左右に配された神功皇后(じんぐうこうごう)像と仲津姫命(なかつひめのみこと)像の三神一対で構成されている。
技法面では、平安初期の彫刻特色である一木造(いちぼくづくり)が用いられており、檜(ひのき)の一材から重厚な量感を持つ体躯が彫り出されている。彩色が施された表面は穏やかながらも威厳に満ちており、仏像彫刻(彫像)の技術がいかに日本の神の表現へと高度に移植されたかを示している。この三神像の構成は、後の神社における神像安置の先駆的なモデルとなり、中世以降の神像彫刻の展開に決定的な影響を与えた。