兼業農家
【概説】
農業以外の職業からも世帯収入を得ている農家のこと。高度経済成長期における工業化と農業の機械化を背景に急増し、戦後の日本社会と農村の構造を大きく変容させた。
高度経済成長と兼業農家急増の背景
第二次世界大戦後の農地改革によって自作農となった日本の農民は、当初は農業専念の傾向が強かった。しかし、1950年代後半からの高度経済成長により、状況は一変した。都市部や臨海部の工業地帯において深刻な労働力不足が発生し、農村から都市へと大量の人口移動(いわゆる「金の卵」などの集団就職)が起こった。
同時に、農村部では小型トラクターや田植機、コンバインといった農業機械の普及、さらには化学肥料や農薬の進歩が進んだ。これにより農作業に必要な労働時間が劇的に削減され、余剰労働力が生まれた。農家はこれらの労働力を、近隣の工場や建設現場、あるいは地方自治体や企業での勤務へと振り向けるようになった。特に平日は他産業で働き、週末に農作業を行うという就業形態が一般化し、主に祖父母や妻が日常の農作業を担う「三ちゃん農業」(じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃん)という言葉も生まれた。
「第2種兼業農家」の滞留と食糧管理制度
兼業農家は、農業所得を主な収入源とする「第1種兼業農家」と、農業以外の所得を主とする「第2種兼業農家」に分類される。高度経済成長が進展するにつれ、農家全体の所得水準の上昇とともに第2種兼業農家が圧倒的な割合を占めるようになった。
この背景には、当時の政府による食糧管理制度(食管制度)の存在があった。米の価格が政府によって比較的高く支持されていたため、休日の作業だけで栽培可能な稲作は、兼業農家にとって極めて効率が良く安定した副収入源となった。また、経済成長にともなう地価の高騰を見越し、将来の宅地転用などを期待して農地を手放さない農家が多かったことも、第2種兼業農家が農村にとどまり続ける大きな要因となった。
構造改革の遅れと現代的課題
兼業農家の増加は、農家世帯の所得を都市サラリーマン世帯と同等以上に引き上げ、農村と都市の格差を是正して「一億総中流」社会の形成に貢献した。しかし、農業政策の観点からは大きな課題を残すこととなった。
多くの兼業農家が零細な農地を持ち続けたため、欧米のような農地の集約化や大規模化が進まず、日本の農業は高い生産コストを抱え続けることになった。この構造的要因は、のちの貿易自由化への対応を難しくした。さらに、1970年代以降の減反政策や米の消費減退、さらには兼業農家の世代交代にともなう後継者不足は、現代の日本における耕作放棄地の増大や農業の衰退に直結している。