ロッキード事件

1976年、アメリカの航空機メーカーの旅客機売り込みをめぐり、多額の賄賂を受け取ったとして田中角栄前首相が逮捕された大規模な汚職事件は何か?
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ロッキード事件

1976年

【概説】
1976年に発覚した、アメリカの航空機メーカー・ロッキード社による自社製航空機の売り込みを巡る大規模な国際的贈収賄事件。日本の政財界に巨額の工作資金が流入したことが露見し、現職の国会議員や民間企業幹部が多数逮捕され、最終的に田中角栄前首相の逮捕に至った戦後日本最大の疑獄事件である。

事件の発端とアメリカ議会での暴露

事件の発端は日本国内ではなく、アメリカでの調査によるものだった。1976年2月、アメリカ上院の多国籍企業小委員会(通称・チャーチ委員会)において、航空機製造大手のロッキード社が、自社の大型旅客機「トライスター」などの売り込みを図るため、世界各国の政府関係者に巨額の賄賂をばらまいていたことが暴露された。この公聴会の過程で、日本にも約30億円にのぼる工作資金が流れていたことが判明し、日本国内のメディアや社会に多大な衝撃を与えた。当時、多国籍企業による不透明な資金工作が国際的に問題視されており、アメリカ証券取引委員会(SEC)の厳しい追及がきっかけとなって明るみに出た国際的な経済不祥事であった。

複雑な資金ルートと政財界の黒幕

日本への工作資金の流入ルートは、大きく分けて3つ存在した。第一はロッキード社の日本における販売代理店であった総合商社・丸紅を通じたルート、第二は右翼の大物であり「昭和の怪物」と呼ばれたフィクサー・児玉誉士夫を通じたルート、第三は全日本空輸(全日空)とその幹部を通じたルートである。

ロッキード社は、全日空への新型機導入を有利に進めるため、政財界に強い影響力を持つ児玉や、彼と親交の深い国際興業社主の小佐野賢治らに秘密裏に工作を依頼した。資金の受け渡しに際しては、100万円を「1ピーナツ」や「1ピース」と呼ぶ隠語の領収書が用いられていたことが国会の証人喚問などで明らかになり、政財界の癒着の異様さを際立たせた。

田中角栄前首相の逮捕と三木内閣の対応

事件発覚当時の首相であった三木武夫は、「クリーン三木」を標榜して自民党総裁に就任した経緯もあり、事件の徹底解明を捜査当局に指示した。東京地検特捜部は異例の捜査体制を敷き、日米間の司法共助協定に基づき、アメリカ側から関係者の嘱託尋問録(免責を条件にした供述調書)などの資料提供を受けながら捜査を進めた。

そして1976年7月、首相在任中に丸紅から5億円の賄賂を受け取り、全日空に対してトライスターを導入するよう運輸大臣に不法な働きかけ(行政指導)を行ったとして、前首相である田中角栄が外国為替及び外国貿易管理法違反ならびに受託収賄の容疑で逮捕された。一国の総理大臣経験者が逮捕されるという前代未聞の事態は、戦後民主主義社会を根底から揺るがし、国民に政治不信を抱かせる決定的な出来事となった。

ロッキード事件の歴史的意義と「金権政治」への警鐘

ロッキード事件は、高度経済成長期の陰で肥大化していた政・官・財の癒着構造、すなわち「金権政治」の暗部を白日の下に晒した点で、戦後日本政治史における重大な転換点である。事件の徹底解明を求める世論が高まる一方で、自民党内では三木首相おろしの動き(「三木おろし」)が激化し、激しい派閥抗争が繰り広げられた。

田中角栄は逮捕後に自民党を離党したものの、その後も党内最大派閥である「田中派」を率いて政界の裏側から絶大な影響力を振るい続けた(いわゆる「闇将軍」)。このため、政治倫理の確立や金権政治の打破は、その後の日本政治における最大の争点となり続けた。また、権力者の犯罪を立証するための検察の役割強化や、政治資金規正法の改正議論を加速させるなど、日本の政治・司法システムに計り知れない影響を残した事件として歴史に刻まれている。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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