自由インド政府
1943年
【概説】
第二次世界大戦中の1943年、イギリスの植民地支配からのインド独立を目指し、スバス・チャンドラ・ボースが日本軍の支援を得てシンガポールで樹立した亡命政権(臨時政府)。日本をはじめとする枢軸国によって国家承認され、日本軍による対英作戦と協調してインド解放運動を展開した。
チャンドラ・ボースの来日と政府の樹立
インド独立運動の過激派指導者であったスバス・チャンドラ・ボースは、ガンディーらの非暴力不服従路線とは一線を画し、武力闘争による即時独立を目指していた。ドイツから潜水艦でアジアへ移動したボースは、1943年に日本へ上陸し、首相の東条英機から全面的な協力を取り付けることに成功した。同年10月、日本占領下のシンガポールにおいて「自由インド仮政府」の樹立を宣言。同時に、日本軍の協力で組織されていたインド国民軍(INA)の指揮権を掌握し、イギリス・アメリカに対して宣戦を布告した。
大東亜会議への参加とインパール作戦
自由インド政府は、日本がアジア支配を正当化するために掲げた「大東亜共栄圏」の構想において、重要な政治的役割を担った。1943年11月に東京で開催された大東亜会議には、ボースがオブザーバーとして出席し、アジアの団結と英米からの解放を訴えて強い印象を残した。1944年、日本軍がビルマからインドへの進攻を目指したインパール作戦が実施されると、インド国民軍もこれに参戦。しかし、作戦は補給の軽視や戦闘力の差により壊滅的な失敗に終わり、自由インド政府のインド本土進攻の夢は絶たれた。1945年の日本の敗戦とともに政府は崩壊したが、彼らの闘争は戦後のインド独立運動を大きく刺激することとなった。