秘密警察廃止 (ひみつけいさつはいし)
【概説】
第二次世界大戦直後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による民主化指令に基づき、特別高等警察(特高)をはじめとする国民の思想・信条を監視・弾圧した治安機関が解体・廃止された改革。戦前の抑圧的な警察国家体制を解体し、戦後の基本的人権の保障と民主化を決定づける契機となった。
人権指令の発令と東久邇宮内閣の総辞職
1945年(昭和20年)8月の敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の主導による日本の民主化改革が始まった。その象徴的な出来事となったのが、同年10月4日に発令された「政治的、公民的及宗教的自由に対する制限の除去」に関する覚書(通称:人権指令)である。この指令において、GHQは日本政府に対し、戦前の思想統制・治安維持の中枢であった特別高等警察(特高)を含む「秘密警察」の即時廃止を命じた。
時の東久邇宮稔彦王内閣の内務大臣・山崎巌は、共産主義運動の台頭などを警戒し、特高警察の維持や政治犯の釈放に消極的な姿勢を示した。しかし、GHQ側はこれを容認せず、山崎内相の罷免と警察幹部の追放を突きつけた。自力での政局維持が困難と判断した東久邇宮内閣は、指令の翌日に内閣総辞職を余儀なくされ、日本の治安体制は強制的に解体へと向かうこととなった。
戦前型治安体制の崩壊と基本的人権の確立
秘密警察の廃止に伴い、大正時代から戦時にかけて国民の思想や運動の弾圧を支えた治安維持法や思想犯保護観察法などの治安立法も相次いで撤廃された。また、同法によって拘束されていた多くの政治犯や思想犯(共産主義者や宗教関係者、自由主義的知識人など)が即座に釈放され、社会復帰を果たした。
この一連の改革は、戦前の日本を支配していた国家権力による監視社会を根底から覆し、言論・結社・思想の自由を急速に開花させる契機となった。国家主導の弾圧機関を排除したことは、後に制定される日本国憲法における「基本的人権の尊重」の原則を根付かせるための、最も基礎的かつ不可欠な前提条件であったと言える。