小作料統制令 (こさくりょうとうせいれい)
1939年
【概説】
日中戦争下の1939(昭和14)年に、国家総動員法に基づいて制定された勅令。農村における食糧生産力の維持と戦時インフレの抑制を目的として、地主が小作料を引き上げることを禁止・制限した統制法令である。
戦時総力戦体制と農村統制の必要性
1937年に勃発した日中戦争の長期化に伴い、近衛文麿内閣は1938年に国家総動員法を制定し、人や物資を戦時に動員する総力戦体制を構築した。この状況下で、軍需産業への労働力移動や戦場への兵員動員により農村は深刻な労働力不足に直面し、食糧生産力の低下が懸念された。また、戦時インフレの兆候が見られる中で、物価や賃金の統制と並んで、農村社会の安定と食糧(米)の増産を図るために、小作料の引き上げを防ぐ必要が生じた。これが1939年12月に制定された小作料統制令の背景である。同令により、1939年9月18日時点の小作料を基準(統制額)とし、地主による一方的な小作料の引き上げが原則として禁止された。
寄生地主制の変質と農地改革への影響
小作料統制令は、明治以来の日本農政において極めて大きな転換点となった。それまで地主と小作農の契約関係は私的な領域に委ねられていたが、国家が「生産力維持」を名目に小作関係に直接介入し、地主の私有財産権や収益権を著しく制限したためである。さらに1941年には、地主に支払う米価を低く抑え、実際に米を生産する農民(小作農)に手厚く補助金を交付する二重米価制が導入され、寄生地主の経済的地位は急速に低下した。このように、戦時下の国家統制によって地主支配体制が実質的に形骸化していったプロセスは、戦後のGHQ主導による農地改革が極めて短期間で、かつスムーズに進行するための歴史的な前提条件となった。