金蓉 (きんよう)
【概説】
大正から昭和期にかけて活躍した洋画家・安井曾太郎による油彩画。鮮やかな青いチャイナドレスをまとった女性をモデルに、東洋的な線描と西洋的な造形・色彩感覚を高度に融合させた、日本近代洋画史における金字塔となる作品である。
安井曾太郎の画業と「安井様式」の確立
大正期から昭和初期にかけての日本洋画壇は、フランス留学から帰国した画家たちを中心に、西洋の近代美術をどのように日本独自の表現へと昇華させるかという課題に直面していた。その中心人物の一人が安井曾太郎である。安井は1907年から1914年にかけて渡仏し、ポール・セザンヌらの影響を強く受けたが、帰国後は日本の澄んだ光線や風土に馴染む油絵のあり方を模索し続け、長いスランプを経験した。
その模索の末、大正期から昭和初期(本作が描かれた1934年)にかけて、西洋の写実主義的な三次元空間と、東洋的な二次元の線描表現を融合させた独自の画風(いわゆる「安井様式」)を確立した。その完成を告げる記念碑的作品が本作『金蓉』である。モデルとなったのは、当時上海に滞在していた商社マンの娘・小田切峯子であり、「金蓉」とは彼女の中国風の愛称である。
色彩の対比と計算された構図の美学
本作の最大の視覚的特徴は、モデルが着用している鮮烈な青いチャイナドレス(旗袍)と、背景に配された赤褐色や黄土色の暖色系との見事な補色関係にある。安井はこの強い色彩対比を用いながらも、画面全体に極めて安定した調和をもたらしている。これは、セザンヌから学び取った厳密な色彩によるフォルム(形態)の構築が活かされているためである。
また、人物の輪郭には迷いのない明確な線が引かれており、これが東洋的な絵画伝統である「線描」の美しさを醸し出している。椅子に腰掛け、少し上体を傾けたモデルのポーズは、解剖学的な正確さよりも、画面全体としての造形的なバランスやマチエール(絵肌)の質感を優先してデフォルメされており、安井の極めて鋭い造形センスが遺憾なく発揮されている。
昭和初期の「東洋趣味」と近代洋画の自立
大正デモクラシー期に開花した大衆文化やモダニズムは、昭和初期にかけてアジアの異国情緒を取り入れた「東洋趣味(オリエンタリズム)」とも結びついた。チャイナドレスというモティーフ自体が、当時のモダンで国際的な世相を反映している。安井がこの作品で試みたのは、単に西洋の近代絵画の技法を模倣することではなく、日本(ひいては東洋)の美意識と油彩画というメディアの幸福な合一であった。本作の成功により、日本の洋画は単なる「西洋画の翻訳」の段階を脱し、自立した芸術としての地位を確固たるものにしたとされる。