日本開化小史 (にほんかいかしょうし)
【概説】
明治時代初期に実業家・経済学者の田口卯吉が著した、日本で最初の近代的通史。西洋の近代的な進歩主義精神に基づく「文明史観」を日本歴史に適用し、政治権力の変遷だけでなく、経済、社会、文化の発展プロセスの合理的な究明を試みた画期的な著作である。
西洋近代史学の受容と執筆の背景
明治維新を経て、日本には西洋の先進的な学問や思想が急速に流入した。歴史学の分野においても、従来の儒教的な道徳観に基づく勧善懲悪の記述や、天皇の系統のみを重視する皇国史観、勝者の政治を正当化する幕藩体制期の歴史観に対する批判が生まれる。こうした中、イギリスのバックルが著した『英国文明史』や、フランスのギゾーによる『ヨーロッパ文明史』などが翻訳・紹介され、人類社会の「進歩」や「文明化」の法則を科学的に解き明かそうとする文明史学が日本の知識人に大きな影響を与えた。
当時、大蔵省を辞して文筆活動に入っていた青年知識人の田口卯吉(鼎軒)は、これらの西洋文明史学に深く共鳴した。田口は、歴史とは単なる宮廷の動向や戦争の記録ではなく、社会全体の知的水準や経済的発展の軌跡であるべきだと確信。福沢諭吉が『文明論之概略』(1875年)で提示した文明論的な問題意識を継承し、それを具体的な日本の通史として実践すべく、若干22歳にして『日本開化小史』の執筆を開始した。
『日本開化小史』の特質と歴史的意義
本書の最大の特徴は、それまでの英雄中心の政治史から脱却し、経済活動や交通の発達、民衆の生活力を歴史を動かす主因として捉えた点にある。田口は、日本の歴史を「開化」という一貫した進歩のプロセスとして位置づけた。例えば、それまで政治的混乱期(暗黒時代)と見なされていた室町時代や戦国時代を、商業の勃興、都市の自立(堺など)、庶民文化の普及という観点から、むしろ文明化が大きく前進した時期として高く評価した。また、自由主義経済学者でもあった田口は、徳川幕府の鎖国政策や経済統制が社会の自然な発展を阻害したと批判している。
このような民間かつ合理的・実証主義的な歴史叙述は、後に明治政府が帝国大学を中心として進めるアカデミズム史学(国家主導の国史編纂)とは一線を画すものであった。本書は、権力者側ではなく社会の構造変化に光を当てた「民間の歴史学」の金字塔であり、のちの社会経済史学や民衆史研究の源流として、大正デモクラシー期以降の歴史研究にも多大な影響を与え続けることとなった。