柳亭種彦 (りゅうていたねひこ)
【概説】
江戸時代後期の戯作者であり、合巻(ごうかん)の代表的作家。古典『源氏物語』を翻案した『偐紫田舎源氏』で空前の大ヒットを記録したものの、天保の改革による厳しい出版統制に巻き込まれ、絶版処分を科されて非業の最期を遂げた人物。
旗本から戯作者へ:合巻の第一人者としての活躍
柳亭種彦は、本名を高屋知久(たかやともひさ)といい、200石取りの幕府旗本の身分を持つ武士であった。当時、武士が実名で商業的な出版に関わることは憚られたため、「柳亭種彦」の筆名を用いて執筆活動に励んだ。彼は、それまでの絵入りの大衆本(青本や黒本)が合体して読み物としての面白さを増した「合巻(ごうかん)」と呼ばれるジャンルにおいて、緻密なプロットと江戸の洗練された風俗描写を取り入れることで、第一人者としての地位を確立した。
『偐紫田舎源氏』の流行と王朝風俗の江戸化
種彦の代表作である『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』は、平安時代の古典『源氏物語』の舞台を室町時代に移し、主人公・足利光氏(みつうじ)の活躍を描いた長編合巻である。1829年(文政12年)から刊行が始まると、浮世絵師の歌川国貞(三代豊国)による美麗な挿絵や、当時の歌舞伎の演出を取り入れた華やかな作風が、江戸の女性層を中心に爆発的な人気を博した。この流行は「源氏絵」と呼ばれる浮世絵のジャンルを生み、当時のファッションや生活調度にまで影響を及ぼすなど、一大カルチャーブームを巻き起こした。
天保の改革による弾圧と悲劇的な死
しかし、1841年(天保12年)に老中・水野忠邦によって開始された天保の改革は、種彦の運命を暗転させることとなる。改革では奢侈(ぜいたく)の禁止や風俗の取り締まりが徹底され、出版界も前例のない厳しい統制を受けた。特に『偐紫田舎源氏』は、将軍・徳川家斉の大奥における豪奢な私生活を風刺・暴露しているとの嫌疑をかけられ、1842年(天保13年)に絶版処分、版木もすべて没収となった。武士でありながら幕府に睨まれた種彦は、奉行所からの呼び出しを受けるなど精神的に追い詰められ、処分が下る直前に病死(一説には自殺ともいわれる)した。この事件は、江戸後期の町人文化(化政文化)の成熟が幕府権力の弾圧によって直撃を受けた、象徴的な悲劇として歴史に刻まれている。