三人吉三廓初買 (さんにんきちさくるわのはつがい)
【概説】
幕末期の江戸歌舞伎を代表する劇作家・二代目河竹新七(のちの河竹黙阿弥)によって書かれた生世話(きぜわ)物の劇作品。同じ「吉三」の名を持つ3人の盗賊が、百両の金と伝家の宝刀をめぐる奇妙な因果によって結ばれ、破滅へと向かう悲劇。盗賊を主人公とした「白浪物(しらなみもの)」の最高傑作として知られる。
幕末の閉塞感が生んだ「白浪物」の傑作
『三人吉三廓初買』(通称『三人吉三』)が江戸の市村座で初演されたのは、安政7年(1860年)正月のことである。この時期の日本は、日米修好通商条約の締結に伴う国内経済の混乱や、安政の大獄による政治的弾圧、そして初演のわずか2ヶ月後に発生する桜田門外の変に象徴されるように、幕藩体制の崩壊が秒読み段階に入った極めて不安定な社会情勢にあった。
このような閉塞感漂う幕末の世相を背景に、歌舞伎界で人気を博したのが、盗賊を主役に据えてその哀愁や反骨精神を描く白浪物(しらなみもの)である。作者の河竹黙阿弥(当時は二代目河竹新七)は、お嬢吉三(女装の盗賊)、お坊吉三(武家崩れの盗賊)、和尚吉三(元僧侶の盗賊)という個性豊かな3人の吉三を登場させ、彼らが悪に手を染めつつも義理人情に生き、やがて非業の死を遂げる姿を描き出すことで、当時の観客たちの強い共感を呼び起こした。
絡み合う「因果」と七五調の音楽的セリフ
本作の大きな魅力は、緻密に構成された「因果応報」のドラマ性にある。紛失した伝家の宝刀「庚申丸」と、流転する「百両の金」を軸に、登場人物たちの隠された血縁関係や過去の因縁が複雑に絡み合い、最終的には3人が雪の降る吉祥寺の境内で刺し違えて果てるという、壮絶な破滅の美学へと収束していく。
また、黙阿弥文学の真骨頂とも言えるのが、音楽的な言語センスである。お嬢吉三が夜の隅田川で百両を奪った後に語る「月も朧(おぼろ)に白魚の、篝(かがり)もかすむ隅田川…」で始まる厄払いの台詞は、美しい七五調(黙阿弥調)のリズムに乗せて語られ、現在でも歌舞伎屈指の名場面として広く親しまれている。写実的な市井の描写の中に、叙情的なセリフ回しを融合させた黙阿弥の手腕は、江戸歌舞伎の集大成を示すものであった。