西域物語 (さいいきものがたり)
【概説】
江戸時代後期の経世家である本多利明が著した、ヨーロッパ諸国の実情や地理を紹介した啓蒙書。日本の富国強兵のために海外貿易の必要性や蝦夷地(現在の北海道など)の開発を説き、幕府の鎖国政策を批判した先駆的な政策論評。
「西域物語」の成立背景と「北方危機」
18世紀末の江戸時代後期、日本近海には異国船の来航が相次ぎ、従来の「祖法」とされた鎖国体制に動揺が生じていた。特に1792年(寛政4年)のロシア使節ラクスマンの根室来航は、幕府や知識人に強い衝撃を与えた。このような外圧の高まり、いわゆる「北方危機」を背景に、経済や地理、天文学に精通していた経世家の本多利明は、日本の安全保障と経済再建に強い危機感を抱いた。利明は1798年(寛政10年)、西洋諸国の歴史や地理、社会制度を論じた『西域物語』を執筆し、これに続いて具体的な国家政策を提示した『経世秘策』を著した。本書は、限られた情報と蘭学の知識をもとに、独自の合理主義的観点から世界情勢を分析した画期的な書物である。
ヨーロッパの富強分析と「開発・交易」の提唱
『西域物語』において本多利明は、ヨーロッパ(西域)諸国が繁栄している理由を、優れた航海術に基づく海外交易(海外貿易)と、積極的な領土拡張・植民地経営にあると分析した。日本は四方を海に囲まれており、地理的条件がイギリスなどのヨーロッパ諸国と酷似していることから、同様に海運を発展させて交易を行うべきだと主張した。また、国内の慢性的な窮乏を解決するためには、自給自足的な重農主義から脱却し、物産を増やす必要があると指摘。そのためにも、当時手つかずであった蝦夷地を開拓し、さらには樺太や千島列島にまで防備と交易の拠点を広げるべきだという、極めて積極的な国土開発論を展開した。
先駆的な開国思想としての歴史的意義
本多利明が『西域物語』などで提示した「渡海船の建造」「交易の開始」「蝦夷地などの領土開発」といった主張は、のちに「四大急務」と呼ばれる彼の思想の骨子となった。これは、鎖国と自給自足を前提としていた徳川幕府の体制を根本から揺るがす、極めて先進的な「開国・富国」のビジョンであった。利明の思想は当時の幕政に直接採用されることはなかったものの、その合理的かつ現実的な国際情勢分析は、のちの佐藤信淵らの経世論や、幕末の開国・海防論議に多大な影響を与えることとなった。本書は、近代日本の国家像を先取りして構想した、日本思想史上における極めて重要なモニュメントと言える。