クルムス (くるむす)
1689〜1745
【概説】
ドイツの医師、解剖学者。彼の著した解剖学書がオランダ語に翻訳され、江戸時代中期に前野良沢や杉田玄白らによって邦訳された『解体新書』の原書となった人物である。
『解体新書』の原典『ターヘル・アナトミア』の執筆
クルムスは、現在のポーランドに位置するダンツィヒ(当時はプロイセン領)で活躍した医学者である。彼は1722年にラテン語とドイツ語による解剖学書『解剖図譜(Anatomische Tabellen)』を出版した。この著作は、当時の解剖図譜としては比較的コンパクトかつ正確にまとめられており、ヨーロッパ諸国で高く評価されて複数の言語に翻訳された。
このドイツ語版をオランダ人医師のジェラール・ディクテンが翻訳したものが、オランダ語版の『Ontleedkundige Tafelen(アントレードクンディヘ・タフェーレン)』である。日本において一般に『ターヘル・アナトミア』の通称で知られるこのオランダ語訳本が、長崎の出島を経由して日本へと輸入されることとなった。
日本における西洋医学の受容と「蘭学」の誕生
明和8年(1771年)、江戸の医師であった杉田玄白や前野良沢、中川淳庵らは、千住小塚原の刑場で刑死者の解剖(腑分け)を実見した。この際、彼らが携行していた『ターヘル・アナトミア』の図版と、実際の臓器の配置や形状が極めて正確に一致していることに驚愕した。これが契機となり、彼らは同書の本格的な翻訳作業を決意することになる。
良沢や玄白らはオランダ語の辞書すら不十分な過酷な状況の中で、約3年半の歳月をかけて翻訳作業を成し遂げ、安永3年(1774年)に『解体新書』として出版した。クルムスが著した解剖図譜は、日本の伝統的な漢方医学に依存していた医学界にコペルニクス的転回をもたらし、日本における「蘭学」の本格的な発展を促す決定的な役割を果たすこととなった。