和英語林集成 (わえいごりんしゅうせい)
【概説】
アメリカ人宣教師ヘボンが編纂し、1867(慶応3)年に出版された日本初の本格的な和英・英和辞典。日本語をアルファベットで表記する「ヘボン式ローマ字」の基礎を確立し、幕末から明治期の日本の近代化と国際交流に多大な影響を与えた。
ヘボンの来日と辞典編纂の背景
1858(安政5)年の日米修好通商条約締結を受け、翌1859年にアメリカ長老派教会から派遣された宣教師・医師のジェームズ・カーティス・ヘボン(ヘボンはHepburnの漢訳名「式文」の日本風の読み)が来日した。ヘボンは神奈川(のちに横浜)に診療所を開設して医療活動や聖書の翻訳に従事したが、そのためには正確な日本語の修得が不可欠であった。
当時、体系的な日米対訳辞書は存在しておらず、ヘボンは日々の診療や会話を通じて地道に日本語の語彙を収集し始めた。やがてヘボンは、幕末の先駆的なジャーナリストである岸田吟香らの協力を得て、数万に及ぶ語彙を網羅する辞書の編纂に着手した。こうして完成した草稿は、日本国内に当時適した印刷設備がなかったため、1866年に清(中国)の上海に渡って印刷され、翌1867(慶応3)年に上海の美華書館から出版された。これが『和英語林集成』の初版である。
「ヘボン式ローマ字」の確立と言語学的価値
『和英語林集成』の最大の特徴は、見出し語の日本語の読みをアルファベットで表記する際、英語の発音に準拠したヘボン式ローマ字の基礎となる表記法を採用した点にある。これは、当時の欧米人が日本語を最も自然に発音できるように工夫されたものであり、のちに「ヘボン式」として標準化され、今日の日本の駅名標やパスポートの氏名表記、国際的な実務において欠かせない表記基準となった。
また、本書は単に古典的な文語だけでなく、幕末期に実際に話されていた庶民の日常会話や口語、俗語、さらには当時の新語なども豊富に収録されていた。このため、近世から近代へと移行する過渡期の日本語口語の実態を伝える、極めて価値の高い国語学史料でもある。
近代翻訳文化とキリスト教布教への貢献
『和英語林集成』の刊行は、明治維新後の「文明開化」の時代において、西洋の科学技術や思想を日本語に翻訳・導入する上で決定的な役割を果たした。英語から日本語への翻訳プロセス(例えば「Love」に対する「愛」、「Society」に対する「社会」など、新たな対訳語の定着)において、本書が与えた影響は計り知れない。
さらに、ヘボン自身の本来の目的であった「聖書の日本語訳」を進めるにあたっても、この辞書編纂で培われた日本語の語彙と文法の体系化が強固な土台となった。1887(明治20)年に完成する「明治元訳聖書」の誕生は、本書の存在なしには成し得なかったと言える。このように、『和英語林集成』は単なる語学書にとどまらず、近代日本の学問・思想・宗教の発展を根底から支えた記念碑的な文化遺産なのである。