好色五人女 (こうしょくごにんおんな)
【概説】
江戸時代前期の作家・井原西鶴が著した、浮世草子の「好色物」を代表する短編小説集。当時実際に起こった心中や密通、放火などの事件に取材し、恋愛に生き、そして命を落とした5人の女性の悲劇的な情熱を、写実的な筆致で描き出した名作。
浮世草子の誕生と「好色物」の流行
17世紀後半の元禄文化期、京都や大坂を中心とする上方では、町人の経済的台頭を背景に、新しい当世風の町人文学が興隆した。その先駆者となったのが、俳諧師から小説家に転じた井原西鶴である。西鶴は1682(天和2)年に刊行した『好色一代男』によって、従来の「仮名草子」よりも娯楽性とリアリズムを高めた浮世草子という新ジャンルを確立した。その「好色物(恋愛や性愛をテーマにした作品)」の系譜において、女性を主人公に据えて描かれた代表作が、1686(貞享3)年刊行の『好色五人女』である。
実在の事件をモデルにしたリアリズム
本作の最大の特色は、当時実際に世間を騒がせていたセンセーショナルな事件(スキャンダル)をモデルにしている点である。全5巻からなり、それぞれ「お夏清十郎」「おせん」「おさん」「お七」「お満」という5人の女性が主人公となっている。例えば、お夏清十郎は姫路の実在の駆け落ち事件、お七は江戸大火の後に恋人に会いたい一心で放火を犯し火あぶりの刑となった「八百屋お七」の事件に基づいている。西鶴はこれらの事件を単なるゴシップとして消費するのではなく、当事者たちの心理や社会的な背景を掘り下げることで、哀切極まる人間ドラマへと昇華させた。
封建的道徳と「人情」の葛藤
江戸幕府が儒教的な秩序や家父長制の維持に努めたこの時代、不義密通や放火、身分違いの駆け落ちは、死刑を含む厳罰の対象であった。西鶴の描く女性たちは、そうした厳しい法や社会の道徳(義理)に抗う術を持たない弱者でありながら、自らの純粋な恋愛感情(人情)を抑えきれずに破滅へと突き進んでいく。こうした「義理と人情」の葛藤は、後の近松門左衛門による心中物(『曽根崎心中』など)をはじめ、江戸中期以降の演劇や文学に決定的な影響を与えることとなった。