結・もやい
【概説】
近世の農村社会を中心に広く行われた、農作業や日常生活における相互扶助(共同労働)の慣行。田植えや収穫、茅葺き屋根の葺き替えなど、一農家だけでは対処しきれない大規模な作業を、近隣住民が互いに労働力を出し合うことで解決した、共同体維持のための重要なシステム。
「結」と「もやい」の性格と違い
「結(ゆい)」は、労働力の等価交換を原則とする緊密な互助関係である。ある農家が共同作業によって他者から労働力を提供された場合、その農家は相手の農作業の際にも同等の労働力を提供して「返す」義務(手間返し)を負った。この慣行は、短期間に大量の労働力を集中させなければならない田植えや稲刈り、あるいは降雪地帯における家屋の雪下ろしや屋根の葺き替えなどにおいて、特に重要な役割を果たした。
これに対し、「もやい(催・催合)」は、より共同保有・共同利用の色彩が強い。入会地(共有地)での草刈りや薪炭採取、村落共有の水路(用水)の清掃・管理、漁村における網の共同使用など、特定の個人に帰属しない公共の財産やインフラを共同で維持・管理する作業を指した。「もやう(共に行う、共同する)」という言葉に由来し、個人の義務というよりは共同体(村落)全体の存続に不可欠な公共労働としての性格が強かった。
小農経営の成立と相互扶助の必要性
兵農分離と太閤検地を経て確立された江戸時代の社会システム(幕藩体制)は、夫婦を中心とする小規模な家族経営農家(小農)を自立させ、彼らを「本百姓」として村に編成することを基盤としていた。しかし、これら自立した小農民は、自前の家族労働力だけでは、農業生産のピーク時である田植え期などの過重な労働負荷をこなしきれないという構造的な弱さを抱えていた。
そこで近世の農村(惣村の流れを汲む村落共同体)は、「結・もやい」といった共同労働のシステムを地域で緊密に組織化することで、個々の小農経営の破綻を防いだ。これは、領主側にとっても年貢完納(村請制の維持)を担保する上で都合がよく、農民の自発的な互助活動であると同時に、幕藩体制の末端を支える社会・経済的制度としても機能していたのである。
近代化にともなう変容と継承
明治時代以降、地租改正による土地の私有化や貨幣経済の急速な浸透、農業技術・農機具の発達に伴い、「結・もやい」の必要性は次第に薄れていった。労働は「対価(賃金)を支払って雇うもの」へと変化し、さらに昭和中期の農業機械化や化学肥料の普及、農村の過疎化によって、これらの伝統的な共同労働は急速に姿を消した。
しかし、富山県や岐阜県の白川郷(合掌造り集落)における屋根の葺き替え作業のように、現在でも一部の地域では観光資源や世界遺産の保護、地域コミュニティの維持手段として「結」の精神が継承されている。また、現代の協同組合の理念や、大規模災害時におけるボランティア活動、地域社会でのシェアリングエコノミーの台頭などの中に、形を変えた「結・もやい」の思想を見出すことができる。