オオツノジカ (更新世)
【概説】
更新世(氷河時代)の日本列島に生息していた、巨大な掌状の角を特徴とする大型のシカ。ナウマンゾウと並び、旧石器時代の日本列島を代表する大型哺乳類であり、当時の人類にとって極めて重要な狩猟対象。
更新世の日本列島と大型哺乳類の渡来
氷河期にあたる更新世の日本列島は、寒冷化による海水面の低下に伴い、時期によってはアジア大陸と陸続き、あるいはきわめて狭い海峡を挟むのみの地勢であった。このため、大陸から多くの大型哺乳類が日本列島へと渡来した。
オオツノジカ(日本列島では主にヤベオオツノジカと呼ばれる種)は、シベリアや中国大陸方面から、寒冷な気候を避けて南方へ移動する過程で日本列島に流入したと考えられている。同時に南方から渡来したナウマンゾウとともに、当時の日本列島に広がっていた温帯針葉樹林や草原に広く生息していた。その特徴である左右に大きく広がった角は、最大で2メートルを超えるものもあり、当時の豊かな生態系を象徴する存在であった。
旧石器時代人の狩猟活動と野尻湖遺跡
オオツノジカは、当時の日本列島に居住していた旧石器時代人にとって、生きていくために不可欠な生活資源であった。当時の人々は、一定の定住地を持たずにテント式簡易住居などに住み、獲物を追って移動を繰り返す生活を送っていた。
この狩猟の実態を示す代表的な遺跡が、長野県の野尻湖遺跡(立ヶ鼻遺跡)である。ここでは、ナウマンゾウの骨とともにオオツノジカの化石が多数発見されている。これらの骨には、人類が剥皮や解体を行った際についたと思われる傷痕(カットマーク)が残されていた。さらに、オオツノジカの骨や角を加工して作られた、ヘラ状の骨角器も同時に出土しており、旧石器時代人が彼らを単なる食料としてだけでなく、道具の原材料としても高度に利用していたことが実証されている。
環境変化とオオツノジカの絶滅
約1万数千年前、更新世から完新世(温暖な現代の地質年代)へと移行する過渡期に、地球規模の急激な温暖化が進行した。これにより、日本列島の植生は針葉樹林や草原から、落葉広葉樹林や照葉樹林主体の鬱蒼とした密林へと変化していった。
巨大な角を持つオオツノジカは、このような密林環境での行動に著しく不都合が生じたため、急速に個体数を減らしていったと考えられている。これに加えて、人類の狩猟技術の進歩による捕食圧も重なり、更新世の末期(約1万2000年前頃)までにナウマンゾウとともに絶滅を遂げた。この大型哺乳類の絶滅は、日本列島における人類の生活様式を、大型獣の狩猟から中小哺乳類の狩猟(弓矢の使用)や植物採取、そしてのちの縄文文化へと大きく転換させる契機となった。