打製石器

重要度
★★★

打製石器

【概説】
旧石器時代から縄文・弥生時代にかけて広く使用された、石を打ち欠いて鋭い刃を作った石器。人類が最初に手にした道具の一つであり、当時の生活様式や文化、人々の移動範囲を解明する上で極めて重要な考古学史料である。

日本列島における打製石器の登場

旧石器時代の日本列島は、更新世の氷河期にあたり、大陸と陸続きになる時期もあった。ナウマンゾウやオオツノジカなどの大型獣を狩猟するため、人々は石を打ち欠いて作った打製石器を用いた。打製石器は人類が最初に製作した道具であり、世界史的にはアフリカの約250万年前の地層からも発見されている。日本列島においては、約3万5000年前の後期旧石器時代のものが確実な最古の遺物とされている。

日本の旧石器時代を証明した大発見

かつて、日本列島には火山灰が堆積した関東ローム層よりも古い地層に人類の痕跡は存在しない、すなわち「日本に旧石器時代は存在しない」というのが学界の定説であった。しかし1949(昭和24)年、在野の考古学研究者である相沢忠洋が、群馬県の岩宿遺跡の関東ローム層中から黒曜石の打製石器を発見した。この発見は、日本列島における更新世の人類(旧石器時代人)の存在を初めて証明するものであり、日本の歴史学・考古学の常識を根本から覆す極めて重要な出来事となった。

用途に応じた石器の多様化

打製石器は、時代の経過とともに狩猟対象や生活様式の変化に合わせて多様化した。後期旧石器時代の前半には、獲物の解体などに用いるナイフ形石器が広く使用された。後半になると、槍の先端に取り付けて突き刺すための尖頭器(ポイント)が発達した。

さらに旧石器時代の末期には、木や骨の柄に溝を掘り、そこに小型で鋭い石器を複数埋め込んで鋸状の刃器とする細石器(マイクロリス)がシベリア方面から伝播した。これは、気候の温暖化に伴って現れた小型で俊敏な動物の狩猟に威力を発揮した。

石材の分布が示す広域ネットワーク

打製石器の原料には、打ち欠くことで鋭利な剥片が得られるガラス質の石材が好まれた。代表的なものに黒曜石や、二上山(奈良県・大阪府)などで産出するサヌカイト(讃岐岩)、東北・北海道地方で用いられた硬質頁岩などがある。

特に黒曜石は、長野県の和田峠、北海道の白滝遺跡群、伊豆諸島の神津島など産地が限られている。しかし、これらの産地から数百キロメートルも離れた遺跡から黒曜石の石器が出土することから、旧石器時代の人々が獲物を追って広大な範囲を移動していたことや、集団間で広域な物資の交換・流通ネットワークが形成されていたことが明らかになっている。とくに神津島産の黒曜石が本土の遺跡で見つかっていることは、当時すでに丸木舟などによる航海技術が存在した可能性をも示唆している。

縄文時代以降における打製石器の展開

約1万数千年前に地球が温暖化し、完新世(縄文時代)に入ると、新たに石を研磨して成形する磨製石器が登場した。しかし、これによって打製石器がすぐに姿を消したわけではない。むしろ、弓矢の発明に伴って矢の先端につける石鏃(せきぞく)や、動物の皮剥ぎ・調理などに用いる石匙(いしさじ)、土を掘るための打製石斧など、多様な生活・狩猟用具として縄文時代を通じて盛んに製作・使用され続けた。

打製石器が完全にその実用的な役割を終えるのは、弥生時代以降、大陸から伝来した鉄器などの金属器が日本列島に広く普及してからのことである。

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日本史一問一答(ランダム)

Q. 大宝律令によって定められた、中央政府の行政および軍事機構の全体構成を示す言葉は?
Q. 相沢忠洋が打製石器を発見した、関東地方の台地に広く分布する更新世の火山灰が堆積してできた赤土の地層を何というか?
Q. アフリカ大陸で発見され、「南の猿」という意味の名前を持つ代表的な猿人は何か?