針葉樹林 (更新世)
【概説】
旧石器時代の氷期における寒冷な気候下で、日本列島を広く覆っていた亜寒帯性の森林。マツ、モミ、ツガ、トウヒなどを主体とし、当時の大型哺乳類の生息と人類の狩猟活動の舞台となった環境基盤である。
氷河時代の気候環境と針葉樹林の分布
地質年代における更新世(約258万年前から約1万年前)の日本列島は、世界的な氷河時代に位置し、現在よりも極めて寒冷な気候であった。特に約7万年前から約1万年前にかけての最終氷期においては、平均気温が現在より7〜8度低かったと推定されている。この寒冷気候の影響により、日本列島の植生は現在とは大きく異なっていた。
当時、現在の北海道に相当する地域には、シベリアやサハリンと陸続きになった影響もあり、永久凍土やマンモス動物群が遊動する広大な草原(ステップ)やタイガ(疎林)が広がっていた。一方、本州、四国、九州にかけての広い範囲では、現在で言えば亜寒帯や亜高山帯に見られるような、マツ、モミ、ツガ、トウヒ、カラマツといった常緑針葉樹や落葉針葉樹からなる森林(針葉樹林)が平野部から低山帯にかけて広く分布していた。この針葉樹林帯は、当時の日本列島の景観を決定づける主要な要素であった。
大型哺乳類の回遊と旧石器人の狩猟生活
この針葉樹林とその周辺に広がっていた草地(モザイク状の環境)は、旧石器時代の人類が依存していた大型哺乳類にとって良好な生息環境を提供していた。シベリアから北海道へと流入したマンモスやヘラジカ、そして南の大陸(朝鮮半島経由など)から本州以南へ渡来したナウマンゾウやヤベオオツノジカなどは、これらの豊かな植生を餌資源として列島内を移動・回遊していた。
日本列島に現れた最初期の人類(旧石器人)は、針葉樹林や草原を移動するこれらの大型動物を主たる狩猟対象とした。彼らは特定の場所に定住せず、獲物の移動に合わせて簡易的なテント状の住居や洞窟を拠点とする移動生活を営んだ。当時の遺跡から出土する、大型獣を解体するための握槌(石斧)や、槍先として用いられたナイフ形石器、尖頭器(ポイント)などの高度な打製石器は、この針葉樹林環境において繰り広げられた、大型獣との命がけの交渉の歴史を物語っている。
温暖化による森林の変遷と縄文文化の幕開け
更新世の終わり(約1万年前)を迎え、地球規模の温暖化が始まると、日本列島の環境は劇的な変化を遂げた。地質年代が完新世へと移行するに伴い、これまで列島を広く覆っていた針葉樹林は徐々に北上し、あるいは中部地方などの高い山岳地帯へと後退していった。
針葉樹林が後退した後の日本列島には、温暖多湿な気候に適応した新たな森林が拡大した。東日本を中心にブナ、ナラ、クリなどの落葉広葉樹林が広がり、西日本を中心にシイ、カシ、クスノキなどの照葉樹林が形成された。この植生の変化は、ナウマンゾウなどの大型獣の絶滅をもたらした一方で、ドングリやトチの実などの豊かな植物性食料、そしてニホンジカやイノシシといった敏捷な中小動物の繁殖をもたらした。人々はこれに対応するために弓矢や縄文土器を開発し、定住化へと踏み出すこととなる。すなわち、針葉樹林の消退と広葉樹林の成立こそが、旧石器時代から縄文時代へと移り変わる最大の引き金となったのである。