鑑真像(鑑真和上坐像) (がんじんぞう(がんじんわじょうざぞう)
【概説】
奈良の唐招提寺に所蔵されている日本最古の肖像彫刻。幾度もの遭難を経て失明しながらも来日を果たした鑑真の、目を閉じて静かに瞑想する姿を脱活乾漆造で表している。天平文化の写実主義と深い精神性を見事に融合させた傑作として国宝に指定されている。
日本最古の肖像彫刻の誕生
鑑真和上坐像は、日本の彫刻史において現存する日本最古の肖像彫刻である。天平宝字7年(763年)、鑑真の弟子の忍基(にんき)が、講堂の棟梁が崩れる夢を見て師の入滅(死去)を予感し、職人や弟子たちに命じて造らせたと伝えられている。それ以前の日本の仏教彫刻は、如来や菩薩といった理想化・神格化された仏の姿を表現することが主であった。しかし、本像は実在の人物の風貌をありのままに写し取ることを目的として制作されており、日本美術史において肖像彫刻という新たなジャンルが確立された記念碑的な作品といえる。
脱活乾漆造による写実性と精神性の表現
本像の制作には、天平時代に盛んに用いられた脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり)という技法が採用されている。これは、粘土で作った原型の上に麻布を漆で幾重にも貼り重ね、乾燥後に中の粘土を掻き出して張り子の状態にする技法である。表面の細部は木粉を漆で練った木屎漆(こくそうるし)で造形されるため、微細な起伏の表現が可能であり、柔らかな肉付けや衣服の自然なひだなど、写実的な表現に極めて適していた。
像は結跏趺坐(けっかふざ)し、膝の上で両手を組んで深い瞑想の姿勢をとっている。六度にわたる渡航の失敗と過酷な苦難の末に両目を失明しながらも、日本に正式な戒律を伝えるという悲願を達成した鑑真の不屈の意志が、その姿に刻み込まれている。閉ざされた目と穏やかな表情には、単なる外見の模写を超えた、高僧の静寂に包まれた深い精神性が見事に表現されている。
天平文化と戒律の確立を象徴する遺宝
鑑真が創建した唐招提寺(奈良市)は、日本における律宗の総本山であり、本像は同寺に長く手厚く安置されてきた。鑑真の来日は、日本に正しい授戒の作法を伝え、僧尼の質を維持する国家仏教としての制度を確立させたという宗教的意義を持つ。さらにそれだけでなく、建築、彫刻、医薬など、盛唐の最新の文化や技術を直接日本にもたらした点でも極めて重要である。
鑑真和上坐像は、単なる一高僧の肖像にとどまらず、国際色豊かで写実性に富んだ天平文化の成熟を示す最高傑作である。同時に、国家の鎮護を主眼とした仏教から、個人の内面的な救済や深い精神の探求へと深まりを見せつつあった8世紀中葉の思想的・文化的状況を今に伝える、かけがえのない歴史的史料となっている。