吉祥天像(薬師寺) (きちじょうてんぞう)
8世紀後半
【概説】
奈良時代の薬師寺に伝わる、麻布に極彩色で描かれた吉祥天の画像。豊満な唐風の貴婦人の姿で表されており、天平絵画の最高傑作にして、当時の現世利益信仰を象徴する仏画である。
唐風美人の写実表現と天平文化の特色
薬師寺の吉祥天像は、縦約53センチメートル、横約31.7センチメートルの麻布に描かれた絵画(麻布着色)である。描かれている吉祥天は、当時の中国・唐の宮廷における高貴な女性(貴婦人)の姿を忠実に投影している。ふくよかな頬、切れ上がった細い目、三日月形の眉、そして朱色の唇といった特徴は、唐代の美人図に共通する美意識を反映したものである。身にまとっている風をはらんだ衣や比礼(ひれ)は極彩色で彩られ、透き通るような質感や優美な躍動感は、天平文化の高度な写実性と洗練された芸術水準を如実に示している。左手には、人々の願いを叶えるという「如意宝珠(にょいほうじゅ)」を乗せているのが特徴である。
「吉祥悔過」と現世利益信仰の展開
この像が制作された背景には、奈良時代中期から後期にかけて流行した吉祥悔過(きちじょうけか)という仏教儀礼がある。これは、福徳や美、富を司る女神である吉祥天を本尊として祀り、過去の罪を懺悔(さんげ)し、国家の平穏や五穀豊穣、さらには個人の現世利益を祈る法会である。宝亀3年(772年)には光仁天皇の勅命によって全国の国分寺でも執り行われるようになった。薬師寺の吉祥天像は、まさにこの法会の際に本尊として掲げられた懸幅(掛け軸)であったと考えられており、鎮護国家を掲げつつも、実利的な幸福や豊かさを追求した奈良時代の人々の信仰心を表す極めて重要な文化財である。