飛鳥池遺跡

重要度
★★

飛鳥池遺跡 (あすかいけいせき)

7世紀後半〜8世紀初頭

【概説】
奈良県明日香村に位置する、飛鳥時代の日本最大規模の官営総合工房遺跡。我が国最古の鋳造貨幣とされる「富本銭」の鋳造遺構が発見されたことで知られ、古代の貨幣制度や官営手工業生産体制の解明に決定的な影響を与えた遺跡である。

富本銭の発見と日本貨幣史の転換

飛鳥池遺跡が日本史研究に与えた最大の衝撃は、1998年の調査で富本銭(ふほんせん)の鋳造工房跡や、鋳型・バリなどの製造関連遺物が大量に出土したことである。これにより、それまで日本最古の流通貨幣とされてきた「和同開珎(708年鋳造)」よりも前に、本格的な貨幣鋳造が行われていたことが考古学的に実証された。

この発見は、『日本書紀』の天武天皇12年(683年)4月条にある「今より以後、必ず富本銭を用いよ。草葉(銅銭)を用いることなかれ」という記述を裏付けるものとなった。飛鳥池遺跡での富本銭鋳造は、天武朝を中心とする中央集権国家(律令国家)の形成期において、朝廷が王権の威信を示すために貨幣制度の導入を急いだ背景を如実に物語っている。

律令国家の形成を支えた「官営総合工房」

飛鳥池遺跡は、単なる貨幣の鋳造所に留まらず、金・銀・銅・鉄といった金属加工から、ガラス、漆器、木製品、さらには陶器の製造に至るまで、多様な手工業生産が一箇所に集約された総合的な官営工房であった。ここでの生産活動は、天武・持統朝における藤原京の建設や、国家祭祀、仏教寺院の造営に必要な物資を供給するために組織されたと考えられている。

このような高度な技術を要する生産活動が天皇の宮廷(飛鳥浄御原宮)に近接する場所で一元管理されていた事実は、大王(天皇)家による先端技術と貴重な資源の独占を示している。これは、氏族ごとの部民制的な生産体制から、官司が直接職人を組織して生産を行う律令的官営手工業体制へと移行する過渡期の姿を象徴している。

出土木簡が語る初期律令官制の諸相

遺跡からは、工房の運営や物資の管理、労働者の出欠などを記録した多数の木簡も出土している。これらの木簡は、飛鳥時代の文字使用の実態を伝える一級の史料である。例えば、天武朝の官司名や役職名が記された木簡は、律令制前夜の官僚制の構築過程を具体的に示している。

また、木簡に記された「評(こおり)」という行政単位の記述は、大化の改新から大宝律令制定に至る地方制度の変遷を検証する上での極めて重要な証拠となった。飛鳥池遺跡の木簡と生産遺物は、ハード面(生産技術・貨幣)とソフト面(行政・文字文化)の双方から、古代日本が中華風の律令国家へと脱皮していくダイナミックな過渡期を今に伝えている。

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