阿形・吽形
【概説】
寺院の金剛力士(仁王)像や神社の狛犬などにみられる、対となる一対の造形表現。口を開いた「阿形(あぎょう)」と口を閉じた「吽形(うんぎょう)」の組み合わせにより、宇宙の始まりと終わり、あるいは万物の調和を象徴している。
「阿吽」の宗教的・思想的起源
「阿形」と「吽形」という概念は、古代インドのサンスクリット(梵語)の音写に由来する。サンスクリットの十二母音の最初にある「阿(a)」は、口を開いて発音することから「万物の根源・始まり」を意味し、最後の「吽(hūṃ)」は、口を閉じて発音することから「一切の帰着・終わり」を象徴する。この2つの音を組み合わせた「阿吽(あうん)」は、東洋哲学や仏教において、宇宙の万物の生成消滅、あるいは息がぴったりと合う一対の調和(阿吽の呼吸)を示す根源的な思想となった。
鎌倉彫刻における表現の極致と東大寺再建
日本における阿形・吽形の造形表現は、古代の奈良時代から存在していたが、その美術的・歴史的な絶頂期を迎えたのが鎌倉時代である。平氏の南都焼討によって焼失した東大寺の復興事業に際し、仏師の運慶や快慶ら慶派の集団は、わずか69日間で東大寺南大門金剛力士像(国宝)を完成させた。門の向かって右側に配置された「吽形像」と、左側に配置された「阿形像」は、従来の配置とは左右逆という特徴を持ちながらも、激しい動勢と写実的な筋肉表現、そして怒りの表情によって、武家社会の到来にふさわしい力強い新風を日本彫刻史にもたらした。
神社仏閣における結界と神仏習合の展開
阿形・吽形の様式は、寺院の門を守護する仁王像だけでなく、神社の参道や社殿の前に置かれる狛犬(獅子・狛犬)や、沖縄のシーサーなどにも広く取り入れられた。一般的には向かって右側に口を開いた阿形、左側に口を閉じた吽形が配置され、聖域に邪気が入るのを防ぐ結界の役割を果たした。これは日本独自の神仏習合が進む中で、仏教の守護神としての表現が神道的な聖域守護の意匠と融合し、一般庶民の信仰や魔除けの習俗へと定着していった結果である。