逓信省

内閣制度の発足に伴い、これまでの工部省などを再編して新設された、郵便や電信など通信・交通分野を管轄した省庁は何か?
カテゴリ:
重要度
★★

逓信省 (ていしんしょう)

1885〜1943年、1946〜1949年

【概説】
1885(明治18)年の内閣制度創設にともない、郵便・電信・海運などの通信・交通行政を一元的に管理するために新設された中央官庁。近代日本の産業発展と資本主義の形成、ひいては対外拡張を支える国家インフラ整備の中核を担った。戦時統制による改組や戦後の解体を経て、のちの郵政省や電気通信省などの前身となった。

内閣制度の創設と「逓信省」の誕生

1885(明治18)年12月、初代内閣総理大臣に伊藤博文が就任して内閣制度が創設された際、行政機構の整理・統合が行われた。このとき、それまで交通・通信部門を担っていた工部省(通信・鉄道を所管)と農商務省の一部(駅逓局。郵便・海運を所管)を統合する形で逓信省が新設された。初代逓信大臣には、幕臣出身で技術や海軍に明るい榎本武揚が就任した。近代国家としての体裁を整える上で、国家の「神経系統」ともいえる通信・交通インフラの統合管理は急務であり、国家主導によるインフラ整備が力強く推し進められる契機となった。

近代化インフラの整備と「資金の貯蓄・還流」

逓信省は、郵便事業の全国的なネットワーク化を進めるとともに、電信や電話事業の架設・普及を強力に推進した。これらの通信網は、国内市場の統一や官庁・軍部の情報伝達において決定的な役割を果たした。また、郵便局を通じて全国から集められた郵便貯金や簡易生命保険などの資金は、大蔵省の預金部を通じて財政投融資の原資となり、国家的な鉄道建設や日清・日露戦争の軍事費、あるいは重要産業への資金供給源として日本の近代化を財政面から支えた。さらに、海運業の監督も担当し、三菱(のちの日本郵船)や大阪商船などの民間船会社を保護・育成することで、日本海運の国際競争力を高め、東アジアへの進出を後押しした。

戦時下の改組と戦後の変遷

太平洋戦争期の1943(昭和18)年、東条英機内閣のもとで戦時輸送力の増強と行政機構の簡素化が図られ、逓信省は鉄道省と統合されて運輸通信省へと改組された。これにより一度は「逓信」の名が消えたが、敗戦後の1946(昭和21)年には、再び「逓信省」として分離独立した。しかし、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指導や現業部門の経営効率化の観点から、1949(昭和24)年には通信・郵便行政の大規模な再編が行われた。その結果、郵便や簡易保険などを担当する郵政省と、電話や電信などの電気通信事業を担当する電気通信省(のちの日本電信電話公社、現NTTグループ)に分割され、逓信省はその歴史に幕を閉じた。

明治時代 (国立図書館コレクション)

明治の光と影を豊富な資料と写真で辿り、激動の時代背景を鮮やかに映し出す歴史を俯瞰する一冊。

詳説日本史図録

教科書『詳説日本史』の内容を、豊富な写真や図解、地図でビジュアル化した超定番の図録。文字だけでは理解しにくい歴史の流れや文化財のディテールが視覚的に頭に入る。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. 水路の修理や村役人の給与など、村の運営に必要な共同経費を何と呼ぶか。
Q. 1707年に起き、江戸にも大量の火山灰を降らせて甚大な被害をもたらした富士山の噴火を何と呼ぶか。
Q. 海運業の好況に伴う船の需要増に応えるため、日本の重工業の中で急速に生産能力を拡大させた産業分野は何か?