蛮社の獄

モリソン号に対する幕府の対応を批判したため、渡辺崋山や高野長英などの蘭学者・知識人が処罰された事件を何というか?
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★★★

蛮社の獄 (ばんしゃのごく)

1839年

【概説】
江戸時代後期の1839(天保10)年、モリソン号事件に対する江戸幕府の対応を批判した渡辺崋山や高野長英ら蘭学者が弾圧された言論弾圧事件。鎖国政策の硬直化と対外危機の高まりを背景に、幕府内の保守派が西洋の情勢に通じた開明的な知識人を排除した出来事である。

蘭学者の集い「尚歯会」と海防への危機感

江戸時代後期になると、ヨーロッパの学術や文化を研究する蘭学が発展し、医学や天文学だけでなく、西洋の政治や軍事、地理などの分野にも関心が広がるようになった。こうした中、江戸では町医者の活動を中心に、身分を超えた知識人の集まりである「尚歯会(しょうしかい)」が形成された。ここには三河国田原藩の家老である渡辺崋山や、シーボルトの門下生であった蘭方医の高野長英、小関三英らが参加し、海外事情や日本の海防問題について活発な議論を交わしていた。

当時、日本近海にはロシアやイギリス、アメリカなどの異国船が頻繁に出没するようになっていた。幕府は1825年に異国船打払令(無二念打払令)を発布し、接近する外国船を無差別に砲撃して追い払う強硬策をとっていたが、西洋の圧倒的な軍事力や国際情勢の動向を知る尚歯会のメンバーたちは、このような幕府の盲目的な排外政策に対して強い危機感を抱いていた。

モリソン号事件と『慎機論』『戊戌夢物語』

1837(天保8)年、日本人漂流民の送還と通商交渉を目的として来航したアメリカの商船モリソン号に対し、幕府は異国船打払令に基づいて砲撃を加え、退去させるという事件(モリソン号事件)が起きた。翌年、この事実がオランダ風説書などを通じて一部の蘭学者に知れ渡ると、渡辺崋山や高野長英らは幕府の対応に強い懸念を示した。

彼らは、平和的な目的で来航した船を武力で打ち払うことは、無用な国際紛争を引き起こし、結果として日本の存立を危うくするものであると考えた。そこで、崋山は『慎機論(しんきろん)』を、長英は『戊戌夢物語(ぼじゅつゆめものがたり)』を執筆し、幕府の対外政策の無謀さを指摘するとともに、世界情勢を踏まえた柔軟な対応をとるべきだと主張した。これらの書物は公に出版されたわけではなかったが、知識人の間で密かに回覧され、大きな影響を与えた。

鳥居耀蔵の暗躍と弾圧の実行

しかし、こうした蘭学者たちの動きを危険視する勢力が幕府内に存在した。その筆頭が、のちに南町奉行となる保守派の幕臣・鳥居耀蔵(とりいようぞう)である。儒学者の家系に生まれ、厳格な朱子学の信奉者であった鳥居は、西洋思想を嫌悪し、蘭学者たちが幕政に介入することを快く思っていなかった。さらに、鳥居が主導していた江戸湾測量において、崋山らの協力者がより精緻な西洋式の測量を行ったことで面目を潰されたという私怨も絡んでいたとされる。

1839(天保10)年、鳥居らは尚歯会のメンバーが「無人島(小笠原諸島)への渡海を計画している」という事実無根の密告をでっち上げ、崋山や長英らを逮捕した。取り調べの過程で渡海計画は濡れ衣であることが判明したが、家宅捜索によって幕政批判の書である『慎機論』や『戊戌夢物語』が発見されたため、幕府はこれを理由に彼らを厳しく処罰することとした。なお、この事件は、彼らが「蛮学(南蛮の学問=蘭学)を学ぶ社中」と見なされていたことから「蛮社の獄」と呼ばれる。

蘭学者たちの悲劇的な結末と歴史的意義

この弾圧により、渡辺崋山は田原藩での蟄居(のちに自刃)、高野長英は永牢(終身刑)に処された。長英はのちに牢屋敷の火災に乗じて脱獄し、全国を逃亡しながら蘭学の翻訳などを続けたが、最終的には幕府の役人に追い詰められて自刃(または撲殺)した。また、幕府の天文方で翻訳に従事していた小関三英も、崋山らの逮捕直後に累が及ぶことを恐れて自刃している。

蛮社の獄は、幕府が自らの硬直化した対外政策に対する批判を力で封じ込めた事件である。この結果、開明的な海防論や西洋事情の客観的な分析は停滞を余儀なくされた。しかし皮肉なことに、蛮社の獄の翌年(1840年)にはアヘン戦争が勃発し、清がイギリスに大敗するという衝撃的なニュースが日本にもたらされることになる。西洋の圧倒的な武力を突きつけられた幕府は、崋山や長英が警告した通りの国際的危機に直面し、1842年には異国船打払令を撤回して天保の薪水給与令を発布せざるを得なくなった。激動の時代を前に蛮社の獄で有能な知識人を失ったことは、幕府にとって大きな損失であったと言える。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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