縄文土器
【概説】
表面に縄を転がしたような文様が施されることが多く、厚手で黒褐色の、低温の野焼きで作られた土器。氷河期の終わりとともに日本列島で出現し、狩猟・採集・漁労を基盤とする縄文文化の発展と定住化を支えた極めて重要な遺物である。
世界最古級の土器の誕生とその特徴
縄文土器は、今から約1万6000年前(草創期)にまで遡る世界最古級の土器の一つである。青森県の大平山元I遺跡などで発見された無文土器などを皮切りに、日本列島全体に土器製作の技術が広まった。縄文土器の基本的な特徴は、窯を用いない野焼き(約600〜800度)という低温で焼成されている点にある。酸素が十分に供給される酸化焔焼成によって作られるため、色は黒褐色や赤褐色を呈し、もろさを補うために厚手に作られていることが多い。
名称の由来となった「縄文(縄目文様)」は、粘土の表面に撚り糸(よりいと)などを転がして施されたものである。明治時代にアメリカの動物学者エドワード・S・モースが大森貝塚を発見した際、出土した土器の文様を「Cord Marked Pottery」と呼んだことが「縄文」という名称の起源となった。ただし、すべての縄文土器に縄目文様があるわけではなく、貝殻で文様をつけたものや、竹管による文様、あるいは文様を全く持たない無文土器も存在する。
土器がもたらした食生活の革命と定住化
縄文土器の出現は、当時の人々の生活に劇的な変化をもたらした。最大の意義は「煮る」という調理法を獲得したことである。土器を用いて煮炊きを行うことで、それまで生食や焼くだけでは消化が悪かったり硬かったりした動植物が柔らかく食べられるようになった。さらに、ドングリやトチノキなどの木の実を煮沸してアクを抜くことが可能となり、食料資源が爆発的に拡大した。
また、土器は水や食料の保存・貯蔵にも用いられた。食料の安定的な確保と貯蔵技術の向上は、人々が特定の場所に長期間とどまることを可能にし、竪穴住居による定住化を強く推進した。農耕によらず、狩猟・採集・漁労を基盤としながら高度な定住社会を形成した縄文文化は、世界史的に見ても非常に特異な存在であり、その根底には土器の果たす役割が不可欠であった。
時期区分と形態・文様の変遷
縄文時代は約1万年以上に及ぶため、土器の形態や文様も時期・地域によって大きく変化した。一般に、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6期に区分される。
草創期や早期の土器は、底が尖った尖底(せんてい)や丸みを帯びた丸底の深鉢が多く見られる。これは地面に突き刺したり、石で囲んだ炉の灰の中に据え付けて煮炊きするのに適していたからである。前期以降は、定住化の進展や屋内炉の普及に伴い、床に安定して置くことができる平底の土器が主流となった。
中期になると、気候の温暖化を背景に縄文社会が最盛期を迎え、東日本を中心に装飾性の強い土器が登場する。長野県の勝坂式土器や、新潟県の火焔型土器に代表されるような、把手(とって)が立体的に装飾された極めてダイナミックな造形が特徴である。後期・晩期に入ると、用途に応じた器種の分化が進み、浅鉢、注口土器、香炉形土器などが作られた。特に東北地方の亀ヶ岡式土器は、薄手で精巧な文様が施され、表面が赤く塗られるなど、極めて洗練された工芸品としての側面を見せている。
実用品を超えた精神文化の表象
縄文土器は、単なる実用の器という枠に収まらない性質を持っている。特に中期の火焔型土器などに見られる過剰なまでの装飾は、実用性(煮炊きのしやすさなど)を度外視しており、当時の人々のアニミズム(精霊崇拝)や呪術的な精神世界が強く反映されていると考えられている。
土器の文様や造形には、蛇やカエルといった再生・多産を象徴する動物のモチーフが組み込まれているとの指摘もあり、豊穣祈願や自然への畏怖が込められていたと推測される。同時代に盛んに作られた土偶や石棒といった呪術具・祭祀具の発展とも歩調を合わせており、縄文土器は当時の人々の世界観や美意識を紐解くための、一級の歴史史料としての価値を持ち続けている。
参考 BBC『100のモノが語る世界の歴史』で選ばれた縄文土器
大英博物館の収蔵品から100のモノを選び、世界史を語ろうというラジオ番組が2010年にイギリスBBCで放送されました。大英博物館は世界中から奪ったあらゆるモノを収蔵しており、かの有名なロゼッタストーンやエジプトのミイラ、パルテノン神殿の彫刻など錚々たる品々が紹介されています。日本からは縄文土器、銅鏡、酒井田柿右衛門の象(陶器)、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』の4点が取り上げられていいます。縄文土器は10番目のモノです。
Jomon pot (BBCへのリンク。Audio transcript から本文が読めます。音声は消えているかも知れません(Downloadリンクは執筆時点では生きていたけど時間の問題かな)が以下のポッドキャストからも聞けるようです。リスニングの勉強にも良いかと思います。)
要約すると
日本の縄文土器は、約1万6500年前に作られた世界最古の土器であり、農耕ではなく狩猟採集を行う人々が、豊かな自然を背景に生み出したという点で世界の歴史において特異な存在です。かつて使われていたカゴを模した「縄目模様」がその名の由来であり、火にかけられる土器の誕生は「煮る」「茹でる」といった画期的な調理法をもたらし、日本で「おそらく世界初のシチュー」が誕生するなど、人類の食文化を劇的に広げました。日本人が狩猟採集の時代に独自のアイデンティティの起源を見出していることは世界的にも珍しく、土器は単なる生活必需品にとどまりません。例えば、大英博物館に収蔵されている約7000年前の土器は、後世の日本の収集家によって内側に金箔が貼られ、茶道の水指として新たな命を吹き込まれました。このように、土器は実用品から儀式や芸術の対象へと進化し、時代を超えて人や社会を繋ぐ重要な役割を果たし続けています。
と、かなりべた褒めされていますので、ぜひ原文を読むことをおすすめします。ただしこれは2010年の番組なので注意してください。現在、世界最古とされているのは、中国の江西省にある仙人洞遺跡(せんにんどういせき)で発見された土器片です。2012年に米科学誌『サイエンス』で発表された年代測定の結果、これらは縄文土器よりさらに古い約2万年前(1万9000〜2万年前)のものだと判明しました。その点に関しては少し寂しいですけど、縄文土器が日本の誇りであることには変わりません。