網子

網元に雇われ、労働力を提供して漁撈に従事した漁民を何と呼ぶか。
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重要度
★★

網子

【概説】
江戸時代の漁村において、大型の漁具や漁船を所有する網元に雇われ、労働力を提供して漁撈に従事した漁民。網元との間に擬制的な親子関係を結び、経済的・社会的に従属する一方で、生活の保障や庇護を受ける緊密な関係でもあった。

網元・網子制度の構造と社会秩序

江戸時代の漁村では、地引網や網代網などの大規模な網漁を行う際、多額の資金や多数の労働力が必要とされた。このため、漁船や高価な網を所有し、漁場利用の特権を握る網元(あみもと)と、そこに従属して実際の漁を行う網子との間に、「網元・網子制度」と呼ばれる主従関係が形成された。

網子の多くは、自前の漁船や漁具を持たない貧困層や本百姓の二・三男などであった。彼らは網元から漁具や生活資金を借り、日常の衣食住や冠婚葬祭の世話を受ける代わりに、過酷な漁獲労働を提供した。この関係は単なる雇用契約にとどまらず、網元を「親方」、網子を「子方」とする擬制的親子関係(親分子分関係)によって秩序づけられており、網民の生活全般を包摂する社会制度としての側面を強く持っていた。

商業的漁業の発展と網子の賃労働者化

江戸時代中期以降、商品経済の発達に伴い、農業用の金肥(干鰯や鰊粕など)の需要が急増した。特に九十九里浜(千葉県)の鰯地引網漁などでは、大規模な資本を投下して大量の魚を獲る商業的漁業が発達した。これにより、漁村における旧来の生存保障を伴う主従関係は変質を余儀なくされていく。

網元が次第に漁場経営者・資本家としての性格を強める一方で、網子は人格的な庇護を失い、労働力に応じた分配金や賃金を受け取る賃労働者(プロレタリアート)としての性格を強めていった。この網元・網子関係の変容は、日本の近世漁村において、初期の資本主義的な生産関係(マニュファクチュア)が成立していく過程を象徴する歴史的事象である。

日本漁業経済史研究 (1948年)

日本漁業の発展過程を経済学的な視点から解き明かし、戦後の産業構造を紐解く歴史的価値の高い学術研究の書。

中世九州社会史の研究

中世における九州という地域の独自の歴史的動向と、社会構造の変遷を多角的な論考で浮き彫りにする貴重な研究の一冊。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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