紀伝道(文章道)

大学寮の教科のうち、中国の歴史や漢文学を学ぶ学科で、平安時代に最も重視されたものは何か。
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【参考リンク】
紀伝道(Wikipedia)

紀伝道(文章道) (きでんどう/もんじょうどう)

平安時代

【概説】
古代日本の官吏養成機関である大学寮において、中国の歴史や漢詩文を教授した学科。律令体制下で官僚に求められる実務や教養が変化するなか、平安時代中期以降に最も重視される主要学科となった。

大学寮における諸科と紀伝道の台頭

律令制下の大学寮では、当初は儒学の経典を学ぶ明経道(みょうぎょうどう)が本道とされ、法律を学ぶ明法道(みょうほうどう)や数学を学ぶ算道(さんどう)などが重視されていた。しかし、平安時代初期に嵯峨天皇らが主導した、文学や文才によって国家を治めようとする文章経国(もんじょうけいこく)思想の高まりに伴い、官僚には儒学の知識だけでなく、洗練された漢詩文の作成能力や、歴史の先例に基づく判断力が強く求められるようになった。この潮流のなかで、中国の歴史書(『史記』『漢書』など)や詩文(『文選』など)を講じる紀伝道(のちに文章道とも呼ばれる)が急速に地位を高め、他の学科をしのぐ最重要学科として確立した。

学問の家学化と平安貴族社会への影響

紀伝道の最高指導者である文章博士(もんじょうはかせ)などの官職は、次第に特定の学問の家系に世襲される、いわゆる家学(かがく)化が進行した。代表的な家系には、菅原氏(菅原道真など)や大江氏(大江匡衡など)が挙げられる。この学問の家格化は、平安貴族社会における身分固定化の表れでもあった。紀伝道によって培われた知識や漢詩文作成の能力は「漢才(からえ)」と呼ばれ、仮名文学が興隆する国風文化の時代にあっても、公的儀式の挙行や外交、貴族の教養の根底を支え続けることとなった。

古典文学史の和と漢 受容と変容

和歌と漢文学の密接な相関を紐解き、日本古典文学の成立過程に隠された受容と変容の深層を解き明かす研究の精華。

平安朝の漢文学 (日本歴史叢書 新装版 36)

平安時代の貴族社会における漢文学の受容と展開を多角的に分析し、当時の精神史と文化的背景を照射した重厚な学術書。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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